企画調査委員会
日本の生活環境文化大事典
柏書房/2010年
本年度は景観法制定20 周年であるが,この20 年間には,景観法以外にも歴史まちづくり法の制定,文化財保護法の改正(文化的景観の創出),日本遺産の認定等の動きがあり,地域固有の歴史・文化的環境を活かしたまちづくりを推し進めるために,これらの制度を活用する自治体が増えている。その際には,当該地域のハードとしての歴史的建築物,土木構造物,造園物等,ソフトとしての伝統的な工芸技術や風俗慣習等を総合的に捉えて,有形無形の価値を理解し評価するところから計画づくりが始まる。
筆者は三重県を中心にして,城下町,宿場町,門前町,寺内町,農村集落,漁村集落等のまちづくりに関わってきたが,調査時には初めて触れる史実や風俗慣習等に直面し,直ちに理解することが難しいのが常であった。
このような時に活用したいのが,『日本の生活環境文化大事典』である。本書は,日本民俗建築学会創設60 周年記念事業として編集されたものであり,多くの専門家によって執筆されている。本書の構成は,「第一章 村の生活環境」「第二章 町の生活環境」「第三章 祈りの生活環境」「第四章 暮らしの生活環境」「第五章 住まいの生活環境」であり,市街地から集落に至るまで国内の生活環境について幅広く網羅されている。特に「祈り」「衣服」「食生活」「行事」「生業」等のソフトについては,工学分野では十分に学んでこなかった領域であり,初めて知る内容も多い。
本書の特徴は,民俗建築に限定せずに「生活環境と景観」に視野を広げていること,生活環境は継承されることも変化することもあることから「変化と継承」の視点を重視していること,と解説されている。特に後者については,本来の用途がなくなってもその地域に暮らす人々の叡智の結晶としてまた伝えるべき使命として残されたものをみること,これまでの機能を変え別の用途として生まれ変わってゆくものに着目すること,現代あるいは近年につくられた生活環境のうち継承される可能性のあるものを示すこと,等に配慮されている。
これらは,現存する有形無形の歴史・文化的環境を活かしたまちづくりを実践する上で大変に示唆に富むものであり,基礎知識を学びたい時や悩んでいる時の知恵袋として,手元においておきたい1 冊の事典である。なお,日本民俗建築学会が編集している『図説 民俗建築大辞典』(柏書房出版株式会社)も併用して利用することをオススメしたい。
紹介:國學院大學 浅野聡
(都市計画371号 2024年11月15日発行)