企画調査委員会
都市廻廊:あるいは建築の中世主義
相模書房/1975年
数年前,古本屋で出会った一冊である。長谷川堯氏の「都市廻廊」は,日本の都市空間と建築を独自の視点で捉え,歴史,文化,社会的文脈を豊かに織り交ぜた作品である。本書は,単なる建築論や都市論に留まらず,都市という生きた空間をめぐる人々の営みや歴史的背景に深く踏み込み,都市空間の多層的な意味を探求している。
「都市廻廊」は,都市空間の変遷とその背景にある思想や文化を探ることを目的としており,都市を単なる物理的な空間ではなく,そこに生きる人々の生活や文化が投影される場として捉えている。その視点は,都市計画家や建築家としての専門的知識と,歴史学や社会学への深い理解を融合させたものである。本書は,3 章に分かれており,それぞれが異なる時代や都市をテーマに,主に明治から大正,昭和へと至る日本の都市の変遷を追いながら,その背後にある社会的・文化的な要因を探っている。また,具体的な都市空間や建築物を取り上げ,それらがどのように形成され,変容してきたのかを詳細に述べている。
長谷川氏は,都市空間の変遷を通じて日本の近代化の過程を描き出しており,特に明治維新以降の急速な西洋化とそれに伴う都市空間の変容に注目している。西洋の都市計画や建築技術を取り入れる一方で,日本独自の文化や風土をどのように保ち続けてきたのかを丁寧に論じている。また,戦後の復興期から高度経済成長期にかけての都市開発も重要なテーマであり,この時期の都市計画が経済発展を最優先するあまり,多くの歴史的建築物や伝統的な街並みを失ったことを指摘している。さらに,都市空間の複雑さとその背後にある多層的な意味を解説し,現代の都市計画や建築の新たな視点を提供している。
長谷川氏の深い洞察力と広範な視野により,「都市廻廊」は多くの読者にとって示唆に富む一冊となっていると思う。また,本書の魅力は,単なる過去の検証に留まらず,現代の都市問題や未来への提言にも目を向けている点にある。本書を通じて,都市空間の歴史的変遷を理解することで,現代の都市が直面する課題をより深く洞察し,都市という生きた空間を新たな視点で捉え直すきっかけとなることを期待したい。
紹介:九州大学 教授 趙世晨
(都市計画370号 2024年9月15日発行)