企画調査委員会

名著探訪

まちづくりと歩行空間:豊かな都市空間の創造をめざして

今野博 著

鹿島出版会/1980年

 本書は,今野博氏が1980年に鹿島出版会から上梓した一冊で,歩行者の視点から都市空間をどう読み,どうつくるか,という問いを深く追究しており,今日に至るまで多くの示唆を提供してくれる古典的名著といえる。
 内容は,国内外における歩行空間の系譜を整理することから始まり,具体的な都市・街路・歩道・広場などの空間構成要素,さらにはその利用者行動や人の視線・動線・心理的効果などの実践的要素も含めて論じている。また,物理的な構造(幅員や舗装・舗装仕上げ・緑地や街路樹・建物との関係など)の検討に加え,都市環境が歩行者に与える心理的・感性的影響,都市スケールでの景観形成,歩くことの意味と価値にまで議論が広がっている。随所に図表や実例写真があり,都市計画の研究者・実務者のみならず,一般市民にも「歩行することの意味」を実感させる内容となっている。
 私が本書を手にしたのは1990年代であるが,本書が刊行された1980年当時,車中心の都市計画や交通政策が一般的であった日本において,歩行者中心の視点で都市空間を捉える試みは先駆的であったといえよう。歩道や街路,公園・広場の使われ方,風景としての看板や建築ファサードの意匠,緑化・街路樹の役割など,歩行の快適性・安全性,さらには街の賑わいをつくる要素を,多角的に取り上げている点に大きな価値がある。
 今日では,歩行空間は単なる交通機能の一環を超えて,「まちの賑わいや居心地」「景観」「都市の品格」を左右する重要な要素であることが広く認知されているが,本書の理論・分析・設計原理は,現代の歩行空間政策,ウォーカブルなまちづくり,公共空間の再編などにおいてもなお有効である。歩行者主体の都市計画やまちづくりを考えるうえでの原点として,本書は再読に値し,折に触れて参照すべき一冊である。
 都市が変わり,モビリティが変わり,生活スタイルが変容するこの時代にこそ,本書に再び立ち戻り,「歩行空間とは何か」を根源から問い直し,豊かな都市空間を創造するための感性を養いたい。

紹介:福岡大学 教授 辰巳浩

(都市計画378号 2026年1月15日発行)

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