企画調査委員会
都市の自動車交通:イギリスのブキャナン・レポート
鹿島出版会/1965年8月
近代都市計画の発展において英国は,E.ハワードの田園都市論をはじめ多くの先駆的な理論・思想を展開してきたが,交通計画分野では,本書が世界に大きな影響を与えた“古典的”テキストである。原著は1961年に英国政府が諮問委員会を設置して,都市における自動車諸問題に対して長期的視点からの対応について検討を求めたのに対する報告書で,1963年11月の公刊である。報告書の作成にあたったのがコーリン・ブキャナンロンドン大学教授が率いる研究グループであった。諮問委員会はこの研究グループの成果を全面的に支持して,政府への報告としたことから,ブキャナン・レポートとして広く世界に知られるようになった。
私が原著に出合ったのは発表直後の12月,イアエステ(国際学生技術研修協会)への日本の加盟を求めて仲間3人で半年間,各国を訪問中にたまたまロンドンの書店であった。カラー印刷が美しい大型本で,卒論に使えそうだとの直感で高価で重い原著を日本に持ち帰ったことが,その後の卒論,翻訳,そして地区交通計画,交通静穏化,交通まちづくりにつながる私の研究の端緒となったという意味で個人的には格別の思い入れのある本である。
内容はよく知られているように,利便性と共に弊害も多い自動車を都市で上手に使うための2つの計画原理を4都市の事例分析により明快に主張している。第一の原理は車が通行する“都市の廊下”と生活環境を守るべき“都市の部屋”とを明確に分離することである。前者が道路の機能別階層構成論であり,後者が通過交通を排除した居住環境地域の概念である。第二の原理が車の利便性と居住環境とはトレード・オフ関係にあるが,都市改造や道路整備といった投資により両者を高めることができ,それは市民の意思決定次第であるというものである。この日本語版は,東大土木工学科の八十島義之助教授と新設の都市工学科井上孝教授の下で大学院生が翻訳したもので,翻訳の出来は別にして,出版社の努力で原著以上に美しい仕上がりの印刷物となった。幸い好評をいただき,高価な本ではあるが1977年までに7刷3,900冊を出した後,絶版となっている。自動車の飽和水準,ラドバーン方式,アクセシビリティ,居住環境容量,交通建築といった諸概念を導入し,現在でも通用する基本原理を明確にしたものとして,是非一度は眼を通して欲しいテキストである。
紹介:東洋大学 太田勝敏
(都市計画248号 2004年4月25日発行)