企画調査委員会

名著探訪

都市のイメージ

ケヴィン・リンチ 著、丹下健三・富田玲子 訳

岩波書店/1968年

 リンチは,物理的環境とは別に概念化された内的(心理的)環境が存在し,われわれの現実の行動との媒介として機能していることを仮定し,都市設計の領域において,初めて研究対象とした。彼によれば,「環境のイメージとは個々の人間が抱いている複合的な心象(generalized mental picture)のことである。このイメージは,現在の知覚と過去の経験との両者から生まれたものであり,情報を解釈し行動を導くために用いられる」さらにリンチは,都市空間の視覚的経験を論ずるための新しい概念として“LEGIBILITY”(わかりやすさ)を導入し,都市の各部分がいかに容易に認知され,それが一つの意味ある一貫したパターンとして組織化されるかを論じた。そして,この意味ある一貫したパターンをイメージと呼び,都市の各部分の認知されやすさを “IMAGEABILITY”(イメージアビリティ)と呼んだ。イメージアビリティという概念を展開し,検討し,またイメージを視覚的提案と対応させて,どんな形態が強いイメージを生むかを知り,それによって都市のデザインのためのいくつかの原則を提案することが必要であった。
 リンチはこのような“イメージアビリティ”の概念をIDENTITY(個別性),STRUCTURE(構造性),MEANING(意味性)の3つの側面から成立するとし,市民の大多数が共通に抱くパブリックイメージにおいては,上述のアイデンティティとストラクチャーはかなり一貫しているが,ミーニングはそれほどでもないとしている。したがって,彼の研究の主力は前二者に置かれている。
 彼は,アメリカの3つのそれぞれ特徴ある都市,ボストン,ロスアンジェルス,ジャージー・シティを選び,市民の中から選ばれた少数の標本を対象として,彼らの環境に対するイメージについて長時間にわたるインタビューすることと,訓練された観察者が現地を巡りながら,心に描くイメージを系統的に検討することによって,次の5つの構成要素を,イメージアビリティを高める要因と抽出した。①パス(PATHS)②エッジ(EDGES)③ランドマーク(LANDMARKS)④ノード(NODES)⑤ディストリクト(DISTRICTS)
リンチの方法は,住民が都市生活の時間の経過とともに,彼らにとって重要となる構成要素をイメージのパターンとして抽出し,それが,それほど正確ではないにしても,自身の生活行動を組織化するために必要であることを強調している。そしてこのようなイメージが,住民の環境に対する共通な記憶イメージとして定着したとき,その都市の正確が確立したこととなる。
 以上のように,本書はこれまでの物理的環境の操作を主体とする近代都市計画や設計の理論や方法の壁に対する一つのブレイクスルーを目指したものであり,その後の計画理論の展開に大きな影響を与えた。

紹介:駒沢女子大学教授 志水英樹

(都市計画250号 2004年8月25日発行)

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