企画調査委員会

名著探訪

明日の田園都市

エベネザー・ハワード 著、長素連 訳

鹿島出版会/1968年7月

 都市計画にたずさわるもので,ハワードの田園都市論を知らない者は,まず居ないでしょう。本書が,その原点です。1898年に『明日:真の改革にいたる平和な途』として発表され,小さな改訂を経て1902年に今われわれが目にする『明日の田園都市』として公刊されました。世界の都市計画界の一大古典といっていいでしょう。
 その内容は,当時,急成長するロンドン等の大都市問題への解決策として,遠隔の地に「庭園の中にあり,庭園をもつ都市」としての「田園都市」の構想です。それは,田園と都市の長所を取り込んだ独立・小規模・職住近接の,緑に囲まれた工業都市です。ハワードのすごい点は,単に構想するのみでなく,自ら2つの田園都市を作りあげた実行力にあります。田園都市は,制度としての近代都市計画が存在する前に出現し,実物を示すことによって,その法制化の原動力ともなったのです。
 ハワード田園都市論は,①都市形態の小規模性,②都市機能の自己充足性,③都市財政の完結性を特徴としています。事業的にみると,③の財政的原則が最も重要で,本書のかなりの部分はその詳細な収支計算に当てられています。ハワードの最もユニークな貢献は,拡大しつづける近代都市の問題解決のカギが,都市自体の中に秘められていることを「発見」したことです。それは都市開発に伴って生ずる地価高騰に見られる「開発利益」を公的に還元するという方法です。これは近代都市計画の一大原理となりました。
 しかし1世紀をへた今,現代都市としては独立・小規模の工業都市は不適切であり,人口減少時代には開発利益が生じにくい状況に突入しています。とすれば,ハワード田園都市論は,その構想の社会基盤を失うのでしょうか?
 私見によれば,田園都市論は,近代都市計画の技術とイデオロギーが成立する過程で,その枠にはまらない若干の重要な論点を未だ温存しています。民間の一市民が(如何なるイメージであるにせよ)都市を構想・提案し,世論に訴えて地上に作りあげた事実は,十分に重い。これは現代流にいえば「市民版マスタープラン」とその「市民的実現」に他なりません。それはまた,市民参加によるプランづくり,住民による地域管理,NPOの役割,法定都市計画の見直しなど「一市民は都市に対して何ができるか?」という次元の問題提起としても,未だ新鮮な論点を秘めています。それらを探り出すのは,われわれの仕事です。

紹介:東京理科大学 渡辺俊一

(都市計画259号 2006年2月25日発行)

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