企画調査委員会

新刊探訪

タイ都市スラムの参加型まちづくり研究

秦辰也

明石書店/2005年9月

 人口増加がとりわけ激しい開発途上国の都市の巨大化は, 緊急を要する今日的課題である。中でも, 都市スラムの居住環境の悪化は深刻さを極めており, 守られるべきこどもたちが苦境に追い込まれ, 犯罪に巻き込まれたり, 居場所を失ったりするケースが後をたたない。本書は, このような状況のもとで,近年, 都市スラムの改善目標がより高次になり, 住民組織リーダーやNGO活動等の現場において, こどもたちのまちづくりへの参加を促し, こどもたちに未来の持続可能なまちづくりへの希望を託していくことが重要なまちづくりの課題となりつつある中で, こどもと住民による持続可能な居住環境改善策という, 途上国の都市スラム研究における新たな地平を切り開いたものである。
 筆者の秦辰也氏は, 20年以上にわたり, 草の根の立場から, タイならびに他の発展途上国の都市スラム改善活動にかかわってきた方であり, この分野のわが国のNGOにおいて主導的な役割を果たしてきた方である。本書は, そのような実践活動をベースとして, アジア工科大学ならびに東京大学大学院における研究を踏まえてまとめられたものであり, 実践的, 理論的な論考の末に,「住民参加」によるスラムの居住環境改善という全体の中で「こども」を捉え, 「こども参加」を位置づけ, タイの都市スラムの居住環境改善に着目し, コミュニティ内の諸活動にこどもと大人が参加し, 双方の関係性によって一歩ずつ確かな住まいと暮らしが確保され, 健全で豊かなコミュニティを構築できる状況を整えていくことが示される。
 本書において詳細に解説されるように, 途上国都市スラムの居住改善における住民参加の意義は, 1970年代以降に大きく強調されるようになり, 国際機関や国際NGOの支援のもとで, 住民参加による居住改善は一定の成果を収めてきた。タイにおいても1970年代以降の民主化や, NGOなどによる住民の組織化が進んできている。しかしながら, 一方で, 発展途上国の都市スラムでは, 多くのこどもたちが, ごみの山の中で遊ばざるを得ないような劣悪な環境衛生の中で健康を失ったり, 麻薬などの犯罪に巻き込まれたり, 十分な教育の機会を得られないといった状況のもとにおかれている。このような危機的状況の下で, こどもの社会的な参画が関係者間で保障されれば, 住民自身の手によってスラムは着実に改善されていくことを実践的に示した本書から得られるものは大きい。

紹介:東京大学 城所哲夫

(都市計画260号 2006年4月25日発行)

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