企画調査委員会

名著探訪

立地と空間的行動

杉浦芳夫

古今書院/1989年6月

 本書は「地理学講座」全6冊シリーズの第5巻であり, 都市・地域解析で扱われる次の3つのテーマをわかりやすく解説した優れた良書である。1)立地論:クリスタラーやレッシュに代表される中心地の理論とウェーバーに代表される工業立地論, 2) 空間的相互作用と拡散:その現象の規則性と重力モデルやヘーゲルストランドのモデルに代表されるモデル化, 3) 空間的行動:人間の空間認知と行動の理論。
 著者は日本の地理学界を代表する人文地理学者である。 都市計画の分野で「都市・地域解析」と称されてきた研究分野はもともと周辺の伝統ある諸学問を横断して構築された面を持ち, その「横断」の中で少なからぬ比重を占めるのが地理学とくに立地論, 計量地理学, 時間地理学である。一般の人々が「地理」と言われてすぐに思い浮かべるのはおそらく地名や地誌であり, そこには「暗記ものの地理」という印象が強くあるのではないだろうか。これに対して著者は、上に掲げた3つのテーマを本書で有機的に結びつけつつ, 「ロジックを語る地理」がある, と読者を啓蒙している。
 立地論, 計量地理学, 時間地理学を「横断」的に論じた著作は地理学においてさえ決して多くなく, そのためか「地理学がわかる」(1999, 朝日新聞社)の中で本書は複数の地理学者によって良書と評価されている。「横断」作業がいかに難しく, それだけにそれを達成したものがいかに貴重かということであろう。本書がその難しい「横断」に成功した仕掛けの一つは第一章にあり、 そこでは 1950年代から60年代にかけておこった地理学における計量革命をはじめ,地理学の中で空間テーマがいかに論理的に考えられてきたかの系譜が見通しよく紹介され, なおかつ, その基本にあるべき科学的説明とは何かが簡潔に説明されている。この第一章が各論を「横断」するための優れた案内図になっているというわけである。
 90年代半ばになって地理情報科学と称される新たな学問分野が誕生し,「横断」作業が世界的に進められるようになった。本書の出版から20年近く, そして, 地理情報科学の誕生からおよそ10年が経過し, この間, この分野の研究は急速な進展を見せた。にも関わらず, 本書は未だ新鮮さを失っていない。それは本書がこの分野の研究の基本にあるべきこと, すなわち, 空間テーマをいかに論理的に考えるか,を強く説いて見せているから
ではなかろうか。

紹介:名古屋大学大学院 奥貫圭一

(都市計画261号 2006年6月25日発行)

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