企画調査委員会

名著探訪

景観の構造

樋口忠彦

技報堂出版/1975年10月

 景観・風景の書は, わが国では, まずは地学的センスによって山河に焦点をあてて書かれた。 志賀重昂『日本風景論』(1894), 小島鳥水 『日本山水論』 (1905), 渡邊十千郎『風景の科学』 (1924), 脇水鐵五郎『日本風景誌』 (1939), 同『日本風景の研究』 (1943) などである。小島鳥水は近代アルピニズムに傾斜して異色だが, これらはおおむね近世以来の風景名所に地学的見地から特筆すべき箇所を追加して, それを自然科学的に解説するという方法をとっている。この点, 林学分野の上原敬二 『日本風景美論』 (1943) もほぼ同様である。 ただ, 上原は同書で計画・設計論に踏み込んだ。
 『景観の構造』は, 中村良夫『土木空間の造形』 (1967)に次いで, 土木分野に在籍するわが国の研究者による最初期の景観の書である。『土木空間の造形』は土木が生み出した空間を記号論的に解釈した書であることを考慮すると, わが国の山河に正面から取り組んだという点で, 本書は, 志賀から上原の流れを汲む土木分野最初の書といってよい。
 本書が地形と植生にこだわりながらも志賀重昂以来の景観・風景の書と決定的に異なるのは, 実存主義的なセンスによって書かれていること, 人間が環境世界にあってそれをいかに受け止め, いかに呼応し、いかに価値づけるのかという関心が本書を貫いているという点である。 ハイデガーに師事したO.F.ボルノーが12カ所, 「実存」「定位」「場所」などのキイワードを前面に出したノルベルグ・シュルツが5カ所, 「場所」概念を追求したG.カレンが3カ所で引用され, 空間イメージのゲシュタルト質と定位の問題を扱ったケヴィン・リンチ『都市のイメージ』が7カ所で引用されていることからもそのことが伺える。
 自らをとりまく環境世界にあって人間が「確かなここ」を見出すとき, それは, 人間の身体的制約, とくに視知覚能力に依存しているのか, それとも環境側の空間的特質に依拠しているのか。本書はその問いを, わが国の複雑微妙な山河という環境世界に持ち込んだ。 そして, 前の問いが仰角, 距離, 俯角などのパラメータを扱った本書前半「ランドスケープの視覚的構造」として, 後の問いが記紀・万葉のころの「生きられた」地形空間を記述した後半「ランドスケー
プの空間的構造」として展開したと, わたしはみる。
 本書は後年英訳されたが, 著者自身は後半の 「ランドスケープの空間的構造」に思い入れが深いとみえ, 大幅に加筆されて『日本の景観 ふるさとの原型』(春秋社, 1981) となった。 同書は, 第1回風土研究賞(日本地名研究所), 第3回田村賞(国立公園協会), 第4回サントリー学芸賞(サントリー文化財団)を受賞した。

紹介:東京工業大学大学院 斎藤潮

(都市計画262号 2006年8月25日発行)

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