企画調査委員会

新刊探訪

シリーズ都市・建築・歴史(全10 巻)

 

東京大学出版会/2006年2月~2006年8月

 これは今日の日本の建築史学 (ここには都市史も含まれている)とその周辺領域の拡がりと水準を示す全10巻, 合計71編の独立した論文(各巻の序論を含む)からなる浩瀚な論文集である。技術史や美術史, 文献史学など近接領域の方法を意識的に含み込み, 現時点での最新の成果をもとにbuilt environmentをめぐる多様な視点を提起している。その背後には通史に対する違和感がある。いわゆる大文字の「歴史」に対する不信あるいは絶望である。 地に足がついた文字通り個別の断片的なスケールからの出発が意識されている。一方で対象は単体としての建築にとどまらず, 都市やさらには物的空間一般へと広がっている。シリーズ名にもそのことは現れている。
 古代から中世, 中世から近世、近代という大まかな時代区分で各3巻ずつ, 最後に現代の1巻が配されている。 都市・都市計画との関連でいうと,やはり中世末から近代にかけての論文がおおいに参考になる。たとえば, ビスタにかかわる都市構造の変遷に中世末から近世初頭の領主の支配の視線の変遷を見た宮本雅明論文(「象徴性と公共性の都市史」, 第5巻), 18世紀から19世紀にかけて成立する国民国家の首都像を追った杉本俊多論文 (「国民国家の首都」, 第6巻), 東京を巨大なムラ (群)としてみる内外の視点の深層を探ったヘンリー・スミス論文(「村(ヴィレッジ)としての東京」, 第6巻), 日本の建築構造学の生みの親である佐野利器がその信念の延長上に震災復興にかかわった事実を指摘した藤森照信論文(「佐野利器論」, 第9巻), 都市の複合機能性と文化性とにその将来の可能性を見る鈴木博之論文(「都市と建築その機能と寿命」, 第10巻)などに特に考えさせられた。 都市計画分野からは越澤明氏が東西の都市計画という発想の発生とその後の展開を簡潔にまとめている(「都市計画の誕生と都市計画思想の展開」, 第9巻)。
 全巻を通覧して実感するのは,本シリーズの方向を推し進めていくと, 今後建築史という学問領域にはとどまらないだろうということである。本シリーズの完結を記念した座談会で歴史家吉田伸之氏も指摘しているように(『UP』no.407, 2006.9, p.16), 建築や都市を超えて空間的な歴史認識一般にかかわる研究領域として広がっていくことになるだろう。 都市計画も含めてあらたなディシプリンの意識的な構築が求められているのである。

紹介:東京大学大学院教授 西村幸夫

(都市計画264号 2006年12月25日発行)

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