企画調査委員会

名著探訪

生態学方法論

沼田真

古今書院/1967年5月

 本書は, 1953年に出版された同名の書を改稿し, グローバルシリーズの一冊として刊行されたものである。1973年, 修士課程1年の時に, 当時東京大学農学部で非常勤講師として「植物群落生態学」を講義していた沼田先生の著書として, 私はこの書を購入し, 生態学の勉強をはじめた。 本書は, 過去から現代, 基礎から応用まで, 生態学に関する概念と方法を網羅的に記述し, 講義における国内外の事例を駆使した語りとともに, 沼田先生の博覧強記ぶりがよく伺えた。 幸い, その後、 沼田先生と生態学についてたびたび話をする機会がもてた。
 本書で沼田先生が提唱したのは, 「主体一環境系」という概念である。すなわち, 生物主体にとって意味のある外的環境の構造や機能, その運動を理解することが生態学の本質と主張したのである。これは,環境を単なる物的要素の総和と捉える物理的環境論とは異なり、 あくまでも生物とその集団にとって意味のある外的条件の総和として主体的環境を捉えようとする生物学的・生態学的環境観に基づくものであった。 主体が異なれば環境の捉え方は当然異なるが, 主体のレベルによっても, それを支える環境要因は異なることが強調されている。
 本書は, 大学院生のころの私に大きな感銘を与えたばかりでなく, 過去約30年間にわたって私が取り組んできたランドスケープエコロジーの概念にも大きな影響を与えた。 私は, ランドスケープとは人間主体的な環境の認識像であり, ランドスケープエコロジーは主体である人間とそれをとりまく環境の動的関係を理解し、両者のあるべき姿を追究するものと考えている。この考え方の原点が, 沼田教授による「主体一環境系」である。主体のレベルによって分析の対象となる環境要因が異なりうるという点は,ランドスケープを考える場合, とくに重要な指摘である。
 本書で沼田先生は, 人間科学への架け橋としての応用生態学の重要性にも広く言及している。とくに自然保護に関しては,広義の自然保護をprotectionではなくconservationとして捉え, それは「自然資源を利用し,これから収穫をえている各種生産業に従事するもののモラルないし科学的基礎としてもきわめて重要」と述べている。こうした自然保護の考え方は,のちに刊行された『自然保護という思想』(岩波新書)に,より体系的なかたちでまとめられている。 沼田先生は, 都市生態系にも関心をもたれ, 生態学の立場から都市計画のあり方に対しても発言された。 その成果は 『都市の生態学』(岩波新書)にコンパクトにまとめられているが, 都市をエコシステムとして捉えるべきとの主張など、 いま読み返してもその主張は新鮮さを失っていない。

紹介:東京大学大学院教授 武内和彦

(都市計画265号 2007年2月25日発行)

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