企画調査委員会

名著探訪

建築家なしの建築

バーナード・ルドフスキー 著、渡辺武信 訳

鹿島出版 SD選書184/1984年1月

 学生時代に影響を受けた本として何冊かあるが,その筆頭として,ルドフスキー著の「建築家なしの建築」を挙げたい。当時,訳本が出ていなかったので,「Architecture without Architects」というタイトルの原書を読んだ。とはいうものの,写真を中心としたものなので,正確には見たということになる。
 この本は,1964年9月から約半年間,ニューヨーク近代美術館で開催された,「建築家なしの建築」展をもとにしたものである。 展覧会そのものは,丹下健三,グロピウス,ノイトラなどの近代建築界の巨匠の推薦によって実現した。
 ページをめくると,モロッコのマラケシュにある中庭型のコートハウス群,上海・黄浦江の水上住居群,イタリアの丘陵都市,黄土地帯の地下村落,ハイデラバード・シンドのバックギアのついている建物群などが目に飛び込んでくる。 実に面白い。
 当時,全共闘世代の若い我々を強く引きつけるものがあった。著者のルドフスキーは,前書きで,建築史は様式的なものを示すだけで,バナキュラーなもの,風土的なもの,自然発生的なもの,土着的なものには無関心であるという。「芸術の域に達していないにせよ,そこから私たちが学ぶべき教訓が消えうせるわけではない」,「自然を“征服”しようとするのではなく,気候の気まぐれや地形のけわしさを喜んで受け入れる。 起伏の多い土地に魅力を見出す」,「感動の源は, この種のものがもっている人間性ではないか」と指摘している。
 今思うと,これに影響されたに違いない。 卒業設計は,立体的な都市構造の中に可塑性の材料を用いて,セルフビルドするアノミナス住居群を提出した。
 就職してからは,全国の都市を歩き回り,外観が特異なもの,何らかの情報発信をしている建物を集めた「都市・まちの建築」という本 (写真が中心)を出版した。これも,「建築家なしの建築」に影響された結果だと今にして思う。さらに,静岡県の小さな町(新居町)にある路地が面白いと思い,研究室で調査したのは10数年前のことである。
 半田市亀崎の路地が半田市都市景観賞を受賞したのは平成17年のことである。沖縄の都市計画学会大会シンポでも路地が議論された。 東京の路地についての本も刊行された。徐々にではあるが,ルドフスキーの考えが受け入れられていることがわかる。
 若いときに読んだ本で,その後の人生に影響を与えたという点では,「建築家なしの建築」は,私にとって忘れられない本である。

紹介:名古屋市立大学大学院教授 瀬口哲夫

(都市計画267号 2007年6月25日発行)

一覧へ戻る