企画調査委員会

新刊探訪

路地からまちづくり

西村幸夫 編著

学芸出版社/2006年12月

 この本を読み終わるのに、非常に長い時間を要してしまった。それぞれのページが投げかけてくる問いが非常に重いため、しばしば本を閉じて考え込まなければならなかったためである。 「主として幅員4m未満の道路」を「路地」と呼び、 その歴史や事例、さらに法的位置づけまでも論じた本書は、わが国で都市計画を学びその将来を考える全ての者にとって、 絶対に避けることのできない本質的な課題を提示する。
 すなわち,機能主義的な20世紀型都市計画で否定してきたものの典型例として路地を捉え,「人間中心主義である(べきだ)」(p.14)と著者らが考える21世紀型都市計画を模索する手がかりとして路地を考えようというのである。
 その一方で,路地の持つ負の面についても,率直に触れられている。しかも,防災性や利便性の問題を指摘するだけでなく,「路地や長屋の暮らしは,今から思うと懐かしい。だからといってそこに戻りたいとは思わない」(p.93)という元住人の生の声や,「空き家も目立つようになって,共同体の活気が急速に失われつつある」(p.45)といった厳しい現実も紹介されている。
 路地の本質や歴史がきわめて重厚に語られた第1部に続き,第2部では,路地の保全をめぐる各地のまちづくりや,文字通りの苦闘などが非常に興味深く語られる。 事例のなかには,いわゆる歴史的街並みももちろん含まれているが,戦後形成された新しい「路地」についても語られている。これらの事例を通読しながらまた考えこんでしまった。歴史的街並みを保全するという意味での路地の保全については,大多数の人がいまや賛同するだろう。一方,近代になって粗製乱造され,少なくともつい最近まで「劣悪な住環境」と形容されてきたような市街地の路地もやはり 「保全」の対象なのだろうか。対象でないとしたら,その境界はどの辺りにあるのだろう…。とても私にはわからないが,恐らく答えは一様でなく,地域ごとに議論を深めるべき課題なのだろう。
 第3部は,都市計画の各分野の専門家が,法律論や防災論など,それぞれの切り口で非常に明快に路地を位置づけている。第2部まで読んで,「法律的には可能なのか」,「現実的なのか」といった疑問で頭がいっぱいになった読者に,気持ちよいほど明確に指針を指し示してくれる。
 本書の最後にもあるように,この本は路地研究の 「第一歩」 だと思う。 路地についての見方・考え方は人によって,あるいは地域によって違うだろう。 この本を基点として,あらためて路地や路地的な価値について考えたり行動したりするきっかけになることを祈念してやまない。

紹介:埼玉大学大学院教授 久保田尚

(都市計画268号 2007年8月25日発行)

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