企画調査委員会

新刊探訪

住み方の記

西山夘三

文藝春秋新社・筑摩書房/1965年

 学生の時に読んで感銘を受けた文献などを紹介して欲しいという依頼である。私が学生であったのは,1964年から1971年までの間で,この間,本を読むのが好きなこともあって相当数の本を読んだ。感銘を受けた本はいろいろあるが,自分の研究的な姿勢に大きな影響を与えた文献として西山卯三先生の『住み方の記』を紹介したい。この本の元になった原稿は,1963年の夏から雑誌『新住宅』に連載されたようで,確かはじめて目にしたのは,その雑誌原稿の抜き刷りだったと記憶している。それをとりまとめ,1965年に出版されたのが本書である。
 何時読んだかは正確には覚えていないが,おそらく学部4年の1967年だったと思う。 建築や都市計画の本といえば,掲載されている写真や図は, 欧米のものとか,スマートな図が一般に多かったが,この本の図版はほとんどが著者の手になるもので,その生々しさに驚いたことを覚えている。書名からもわかるように著者の住生活を通してみた生い立ちの記であり,「母のすまい」からはじまり,大学時代,軍隊への応召時代,住宅営団時代,大学教官時代と実に17の住宅とそこにおける生活が紹介されている。終章は「ゆくすえ」ということで,死を目前にした住宅や仏壇,墓を論じているから,執筆当時50歳を越えたばかりの著者にしては気が早い。
 青森から京都の大学に進学した私が,当時知っている住宅といえば,自分の家や親戚の家,友人の家ぐらいであった。そのような私にとって,まずこの本を通じて都市の住宅の多様性を知ったといっても過言ではない。著者は「まえがき」に,「自分の家を自力でたてる能のない一個の建築家・住居学者が,(略)大河の中を遊ぐ一尾のメダカの動きを照らしたにすぎない」と述べているが,その住宅遍歴は実に多彩である。
 それぞれの住宅を紹介する章では,その住宅のプランや住まい方, 家具やこまごまとした什器の収納状況が描かれている。つまり,著者自信の住み方の紹介を通じて,「住み方調査」の実際を講義しているのである。それに加え,引越しするに至った理由とか,近隣の状況を説明することを通じて,住宅から見た都市が論じられている。この本の影響もあり,以来,都市を住宅から見る,人々の行動から見ることが私の重要な視点になった。
 こうした見方を私は勝手に「人類学的視点」と呼んでいる。ケビン・リンチ先生は人類学的都市計画学者だと言えると思うが,リンチ先生と西山先生の研究の姿勢には通底するものがあるように思う。 この本が出版されてから40年以上も経ち,多くの新たな住宅形式が出現し,都市の住宅は一層多様性を増したが,この本に描かれた住宅は依然として多数存続し続けている。都市の住宅を理解する視座,暮らしから見た都市を理解する視座を獲得するために,ぜひ読んで欲しいと思う。

紹介:大阪大学大学院教授 鳴海邦碩

(都市計画269号 2007年10月25日発行)

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