企画調査委員会
歴史の都市 明日の都市
新潮社/1961年
この本を卒論ゼミの担当教授であった故光吉健次教授から,お借りして読んだのは1971年の秋であった。当時の日本は,高度経済成長の末期であり,「新全国総合開発計画」に表明された「過密・過疎の解消」とは裏腹に,東京,大阪,名古屋の三大都市圏への人口集中が続いていた。マンフォードは,巨大都市を否定し人口分散としてのニュータウンを擁護する学者と思われた。しかし,実際に私を魅了したのは,64点に及ぶ図版であった。多くは空中から都市を撮影した写真であったが,古代都市の碑文や中世の絵画,エッチング,地図なども含まれていた。図版には簡明なタイトルが付与され,著者による詳細な解説が掲載されていた。
18章からなる本文は,題名の通り,古代から現代に至る歴史の都市を俯瞰した上で,明日の都市を展望している。パトリック・ゲデスの教えを受け,フランク・ロイド・ライトと交流のあった著者の考え方の特徴は,有機的思考と民主主義の思想といわれている。論述には一貫して,「社会的生活の器としての都市」という視点がある。様々な都市の人間の社会的生活と物的な装置との対応が丁寧に解き明かされる。都市の発生を扱った1~3章では新旧石器文化の融合による,都市の創発的形質が語られる。古代都市についての4~8章ではギリシアのポリス,ヘレニズムの都市,ローマの都市とその成長の限界が示される。 9~11章では中世都市の人々の生活と,住居から城壁に至る有機的プランニングが生き生きと述べられている。12~14章ではバロック都市のダイナミズムと権力の関係,商業主義の時代の都市,とりわけアムステルダムの都市形態の先進性が語られる。15~16章では産業革命期の工業都市における都市問題, 交通の発展に伴う郊外化の問題が扱われる。17章は巨大都市批判,18章は回顧と展望である。
1971年から36年が経過した。時代は変わり,コンパクトシティの集中主義が語られる現在,「集中か分散か」という軸ではなく,「多様な生活を支える有機体か,単調な生活の巣箱か」という軸を通して,単一システムによる安易な統合を排し,有機的なプロセスプランニングを説く,マンフォードの再評価は意義があるのではなかろうか。改めて読み直してみると,当時,感じた気持ちの高ぶりが甦ってくる。欧米の都市の分厚い歴史と,そこで繰り広げられた社会的生活の多様さ,豪華さ,悲惨さが押し寄せるように伝わってくる。
紹介:福岡大学教授 黒瀬重幸
(都市計画270号 2007年12月25日発行)