企画調査委員会

名著探訪

新版 空間・時間・建築1、2

S.Giedion 著/太田實訳

丸善/1969年新版発行

[当初に読んだのは,旧版(831頁,1955年発行)であるが,本記述は新版に依った。]
 学生時代に感銘を受けた本と問われて思い浮かぶ書籍が2冊ある。いずれも恩師にあたる先生お2人から紹介されたものであり,1冊は本文の標題に挙げたものである。今1つは,私が建築の大学院生から土木の助手になるときに言わば餞としてご教示いただき,景観工学という領域への目を見開かせてくれたシルビア・クロー著,鈴木忠義訳「道路と景観」(鹿島研究所出版会,1965年)である。それはさておき,標題の本は,教養部での「建築概論」の講義において,今も鮮烈な印象が残るマイヤールの橋梁を事例として近代構造物の美について教えられたときに紹介されたものである。本著の内容は,空間概念の発展を中心的視点に据えての建築遺産,近・現代建築の分析が主であるが,『建築を一個の有機体と考えることによって,おのずからその初めと終り,すなわち構造と都市計画とを一緒に吟味するようになる…』として,都市計画-というより都市デザインと言った方がよいと思うが-についても多くのページが割かれている。ルネサンス期の理想都市および広場などの都市空間構成要素の分析から始まり,シクストゥス5世によるバロック・ローマの計画,後期バロック時代とその伝統を受け継ぐ19世紀初頭から1850年代のロンドンの庭園広場・住宅開発,1850年から1870年までのオースマンのパリの改造計画などについて述べる。さらに,19世紀後期におけるハワード,ゲデス,ガルニエなどの,都市計画に大きな影響を及ぼす思想・思考や計画案,1900年以降30年代までの期間のアムステルダム,そして,現代の都市計画として1930年代以降,1965年あたりまでをとりあげる。彼の関心は,都市との関わりにおける建築,都市施設,都市の物理的構造に向かっているが,言及される範囲は形態や空間構造ばかりではない。それらをつくり出す社会体制や仕組み,人(都市計画家,建築家,専門家,非専門家,投機家…)の仕事・役割に目が向けられている。それは,『都市計画は最も人間的な問題』とする彼の考え方に基づいていよう。都市づくりの課題は,この本で記述される1965年頃まで(新版)以降,それまでよりはるかに複雑化・多様化している。そして,彼が提起した大都市の問題やモータリゼーションに対応した「歩行者の自由」の問題などは依然として解決していない。しかし,いや,だからこそ,ギーディオンが取り上げた空間意識や生活概念の問題,都市を計画・創造する人間の問題を改めて捉え直すのは,都市空間の今後を考える上で大きな意味をもつと思える。

紹介:大阪産業大学教授 榊原和彦

(都市計画272号 2008年4月25日発行)

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