企画調査委員会

名著探訪

The Death and Life of Great American Cities

Jane Jacobs

Random House/1961年

 ジェイン・ジェイコブス“The Death and Life of Great American Cities”(黒川紀章訳『アメリカ大都市の死と生』鹿島出版会,1969,ただし抄訳)は,近代的都市開発を衝撃的に批判した都市論/都市研究の古典として,今なお参照され読み継がれている。
 故黒川紀章氏の翻訳による前半2部は,歩道と近隣公園に「息吹き」を吹き込む術を唱えた第1部「都市の特性」から始まり,都市の街路や地区にあふれるばかりの多様性を生じさせる4条件を示した第2部「都市の多様性への条件」へと論法が展開される。本書で最も重要とされる多様性発生の4条件(①用途の混合,②小規模ブロック,③古い建物の混合,④充分な密度)は,生活者が偶発的に造りだす都市の複雑さから導かれた原理原則であり,都市の見方の転換をせまるものである。
 未訳の後半第3部「衰化と退化の原因」では,プランナー/アーキテクト/官僚といった専門家による従来型の都市計画では実現しえない都市の在りよう(多様性,界隈性,偶有性,生命・・・)を,前半部に続き中心的なテーマに据えている。各章では,「多様性を誘発する条件」「都市の境界設定」「スラムの除去」「都市開発のための資金調達方法」といった問題が設定され,ジェイコブスが1960年以前に仔細に観察したアメリカ諸都市を材料として詳細な考察が展開される。特筆すべきは,空間の問題と社会の問題を同時に捌こうとする包括的発想の切れ味である。例えば第15章では,貧困層が集中する公営住宅問題を,「差別」と関連づけて解決策を示唆している。スラム問題の本質とは,直接・間接を問わず「差別の禁止」であると断じ,スラム住民自身を劣っているとする差別論者と,住宅供給・土地利用計画・ソーシャルワーカー配置といった手法に頼る計画論者を同時に変革へと導く仮説を提示し,自身の都市観察経験の中で検証を試みている。
 第4部「種々の異なる戦術」では,ジェイコブスの守備範囲はさらに拡大する。彼女流「都市の在りよう」を可能にするために,具体的な計画論/技術を組み入れて検討した問題解決策が,都市計画の枠を超えた広範な視座から提示される。「家賃保証住宅システムによる公的住宅制度改革」「代替手段なしの通過交通排除による自動車の削減」「都市生活者自らの芸術コミュニケーションによる都市デザインの生成」「多様性を確保する街路・公園・公営住宅等の運用戦術」等が各章で,具体的に提案される。また,最終章では現代の「複雑性の科学」を先取りする形で,個別事象の複雑性を無視し,単純化して把握しようとする行政や都市政策のあり方を批判し,代替となる都市研究方法を示している。視点を大胆に次々と切り替え,手を変え品を変え繰り出されるアイデアの数々は,現在の都市計画が持つ課題をあらためて浮き彫りにしてくれる。
 ジェイコブスが目指す,自然発生的な「生」を併せ持った都市を,我々は選択するのか。そうであるならばいかに可能なのか。彼女が突きつけた課題は,半世紀を経てなお決定的に鋭く,後半2部も含めた完訳が待望される。

紹介:株式会社日建設計副社長 安昌寿

(都市計画273号 2008年6月25日発行)

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