企画調査委員会

名著探訪

近代都市計画の起源

L.ベネヴォロ 著/横山正 訳

鹿島出版会/1976年

 イタリアの歴史家・建築家・都市計画家のレオナルド・ベネヴォロの“Le Origini dell’urbanistica moderna”の全訳『近代都市計画の起源』は,切れ味と風格をあわせもつ趣きのある力作である。モデルナやモダニティは普通「近代」「現代」と訳すが,むしろ超歴史的な概念である。丸谷才一はそれを「今めかしさ」という。本書は1848年前後の近代都市計画成立状況を伝えながら,今日の日本の都市計画の課題をまことにきれいにそして精密にとらえているので「今めかしい」のである。
 産業革命がもたらした工業都市の激しい矛盾を解きほぐすように行われた初期の都市計画上の実験の性格には二つの側面があった。技術的側面と倫理的側面である。技術的アプローチは,個々の問題を専門家や役人たちがやったことを意味する。英仏の公衆街生法や住居法や都市計画法の淵源と成立過程が詳らかにされている。倫理的接近法は,そもそも都市とは何かを洞察する視点をもって,思想家や社会改革者たちによるイメージの提起と実現のための空間的・機構的提案を意味する。モアやカンパネラやベーコンのような理想都市の叙述者をこえて,オーウェン,サン・シモン,フーリエ,カベー,ゴダンらの実践者についてみずみずしく具体的論述が重ねられていく。前者には,都市を有機体として捉えるといった包括的な視点がなかったのにくらべて,後者は生活・教育・環境・政治・経済等を有機的・総合的にとらえた新しいコミュニティの形態を,既存の都市に対置させた。
 シャルル・フーリエ(人生における最高の喜びは愛と音楽であることの哲学を論じ,それを数学的に表現したフーリエ級数の提案者)は,人間の集住の問題をその根底から検討し,都市にあってはよき集合住宅を中心とする複合建築のモデルを「ファランステール」と設定した。『1500人から1600人から成るファランステールは,個々の住戸のほかに,熱情あふれる集会と討論の場として用いられる「セリステール」と呼ばれる人々の交歓のための室をたくさん持たなければならない・・・』こんな調子の楽しい提案が次々になされていく。
 ユートピア像は一部実現しつつも時代の未熟さ故に破綻していく傾向にあったが,これらの実験にみる未来の都市像の「予感にみちた衝動」は,現代の都市計画において諸問題を巨視的に扱うよりは,むしろ個々独立した地区・都市の課題を具体的に「ひとつひとつ解決していく道を選ぶ今日の要請を先取りしていたのである。」
 都市像への知的総合性=体系性アプローチが求められている21世紀のまちづくり提案・研究・実践に,本書はアイディアの宝庫であり平明で高雅で魅力的な書である。

紹介:愛知産業大学大学院教授 延藤安弘

(都市計画280号 2009年8月25日発行)

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