企画調査委員会

新刊探訪

都市美運動:シヴィックアートの都市計画史

中島直人

東京大学出版会/2009年2月

 2004年の景観法の制定を大きな象徴として,都市の景観,都市の美しさに対する社会的関心は大きく高まってきている。学会においても学会誌で特集記事が取り上げられ,各種調査研究も学会で発表されるなど,景観研究は都市計画学の重要な学術研究分野となっている。各地でのマンション紛争,景観紛争の頻発や町並み・景観破壊に対する反対運動も景観への社会的関心の表れといえよう。しかし,景観法施行に伴い,各地で景観形成団体が形成され,景観計画が策定されたからといってすぐに日本の都市が美しくなり,地域の景観が向上するわけでもない。早急な成果を期待することの方が無理である。むしろ長期的に日本の景観が向上するためにどのような仕組み,組織,活動が必要かじっくり考え,倦まずたゆまず持続的な協働の取り組みを積み重ねていくことだろう。そういった,日本の都市の美しさを作り上げる努力が実は戦前期に行われていた。
 本書は日本における都市美運動の生成,普及拡大,終焉について,その理念と実態の歴史的展開過程を綿密に論じた,著者が言うように,まさしく「美しさの近代都市計画史」の大作である。本書はそもそもは,著者が東京大学に提出した博士論文の第一部をベースに加筆修正を行って完成されたものである。第一部だけでも500頁の大著だ。
 著者は都市美運動を捉えるに当たって,二つの視座を設定している。すなわち,都市美運動を「都市計画における審美的観念の導入運動」という側面と「公共的観念を有した市民の育成運動」という側面の二つを把握する視座である。この二つの視座の下で本書は,1926年10月に発足した都市美協会に焦点を当て,前身期を含めてその終焉を迎える1960年代後半までの活動,展開過程を追跡している。
 このような紹介をすると無味乾燥な団体組織の盛衰史と誤解される向きがあるかもしれないが本書はそういった性格のものと対極のものだ。本書の魅力の一つは日本の都市美運動の成立過程を広く国際的文脈の下で位置づけている点だ。日本の都市美運動の源流をアメリカ,イギリスのシビックアートの考えに探り,それぞれの国でどのように展開してきたのか,それを同時代の我が国の都市美運動を担った人々がどう理解したのかを追跡している。さらに,都市美運動を担った個性的な人物-石原憲治,橡内吉胤,石川栄耀に光を当て,その思想,実践を描写し,草創期の都市美運動の多様性と可能性を導き出している。
 優れた著作はそれを読み進める過程で,様々な疑問や課題を想起させる点にある。本書も戦前期に一定の普及を図りつつあった都市美運動がなぜ,戦後,衰退していったのか,そもそもシビックアートを支える市民とはどう形成されていくのだろうか等々,多くの課題を想起させる。よくも,これだけの多くの資料,史料,文献を渉猟し,読み解き,論を構成したものだと感嘆する。著者は後書きで控えめに,この書が都市計画研究を志す人に永く読み継がれるものとなることを望んでいるが,紹介者は間違いなく都市計画史研究の古典となるものと考える。優れた著作の誕生を言祝ぎたい。

紹介:筑波大学大学院教授 大村謙二郎

(都市計画281号 2009年10月25日発行)

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