企画調査委員会

名著・新刊探訪

空地の思想    建築家の原点

大谷幸夫            大谷幸夫+大谷幸夫研究会

北斗出版/1979年         建築ジャーナル/2009年

 磯村英一さんが退職される頃の学生,大阪から見えた川名吉エ門さんの初めての学生として都立大学で育ったぼくが,大谷先生にお会いしたのは,日照権紛争をめぐる勉強会の席だった。いま思えば,若者の未熟な議論によく付き合ってくださったものだ。先生の「都市の組成・組織・構造」をはじめとする建築・都市論がなかなか難解なことは皆さんも承知されていよう。「ぼくは一つのことを2日でも3日でも考え続ける」という思考の力と切り結ぶのは容易でない。しかし『空地(くうち)の思想』は講演とインタビューをまとめたものなので苦労せずに読める。<まちのなかのすべてが,既知のものとして,意味づけられたものだけで埋めつくされているのはおかしい。>といった発言が,読者に,都市・建築の論理を深く考えさせていくのである。あるいは<時間をかけて総合的にじっくりやれということの背景には,すべてがわかっていない,また,すべてを一度にやれない,ということと,永続的に責任を負わなければならない,ということがあると思います。>との指摘もあるが,大谷の場合,これらが一般論としてではなく,自己の設計活動そのもののバックボーンとしてあるのが凄いことなのだ。
 こういった大谷の姿勢が,我々に「建築の作法」という言葉を使わせているのかもしれない(安易に用いるべきではないだろうが)。ところで『空地の思想』はマイナーな出版社(失礼/当時の話です)から出されたので,いま読もうとしても入手は簡単ではない。そんなときに朗報が……。今春(2009年),<建築家会館の本>シリーズの1冊として,『建築家の原点』が刊行された。
 インタビュアーの問いかけは大谷の幼少時代から始まる。「ぼくは医者の家系で医者というのは……」などと聞いたこともあるが,断片的な範囲であった。自分の家族のことにふれるのは抵抗があるとしながらも,本書では戦前から敗戦後にどう生きたかが語られている。そこからは次第に,戦争,特に<広島>が建築家としての原点にあることが明らかになってくる。以後,丹下研究室での仕事(特に平和記念資料館や都庁舎。ところで,都庁舎に関連して示される「部分の真実」という観念は,ミースが言ったという「神は細部に宿る」とどう関係するのだろう?),研究室を辞めたいきさつ,都市工学科での教育と設計活動の関係,京都国際会館,沖縄コンベンションセンターのことなど,時間の流れを基軸に,作品を通して建築都市論が語られている。まさに,「建築家とは,建築という行為を通じて思想を語る人」の面目躍如である。
 本書が見事に建築家・大谷の全体と部分を浮かび上がらせているのは,五十嵐敬喜(「解題「大谷幸夫とは何か」も執筆)・河野進・福川裕一という異なる専門領域にいながら彼を敬愛するインタビュアーの力量によるものだろう。お三人に感謝する次第である。

紹介:明治大学客員教授 高見澤邦郎

(都市計画282号 2009年12月25日発行)

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