企画調査委員会

名著探訪

都市田園計画の展望
:「間にある都市」の思想

トマス・ジーバーツ 著/蓑原敬 監訳

学芸出版社/2006年

 今,私たちは,日々広い空間を,時間を掛けて行き交いながら生きているが,その空間にはもう都市とか田園とかを空間的に区別できる明らかな境界線はない。その空間に建ち並ぶ密集した街並みが都市と呼ばれ,その街並みは固く,時間の風雪に耐えるものだと思いこんでいるが,今,そのような空間は溶けて消え失せつつある。その代わりに,パステルカラーの小屋掛けともいうべき巨大な商業,娯楽施設が田園の只中に忽然と生まれては消えている。街並みは空洞化し,露天駐車場の広がりに変わり,広大な工場も無くなって,雑草が蔓延る。人で賑わっている清潔で巨大な小屋掛けも,幻のように淡く,何時それが無くなっても深い喪失感に悩まされることは無だろう。開発ではなく,維持管理,再生が問題になる段階から,間引いて自然にも戻す過程が始まっている。サステイナブルと言いながら,巨大施設を含めて,リサイクルの過程が「永続性」に取って代わりつつあるかのようである。
 近代の都市計画や建築の思想的な基盤になっていた,人間の生活の軌跡,人間関係,空間秩序の全てが大きく様変わりし,今,述べたような現実が支配的になっているのに,私たちは相変わらず,もはや現実には存在しない幻影の上で計画をし,建築をしているのではないか。その疑問に真正面から取り組み,答えているのが,この本である。
 ローカルとグローバルの間にある都市,空間と時間の間にある都市,都市と自然空間との間にある都市と言う形で,現代の広域的な人間棲息空間を総括した上で,グローバルに対応するためのシステムとローカルに対応するためのアゴラ(定住者の拠点)の再構築によって,これにいかに対応するべきか,極めて包括的,哲学的な視点を交えながら,実践的な都市計画家としての信念に基づいて熱く語りかける。
 著者は,ダルムシュタット工科大学を根城にしながら,アメリカでの研究経験を踏まえて,ドイツ都市計画の第一線で活躍してきた,最も先端的な都市計画学者であるだけでなく,優れた実践者としても大きな成果を上げてきた人である。著者の名を不朽にしたのは,カール・ガンサーが主導したIBAエムシャーパークという極めて21世紀的なプロジェクトに協力し,先進的なランドスケープ・デザイン,都市デザインのプロセスを導入させたことであろうか。原著自体,読みやすい本ではない上に,翻訳というフィルターを通っているので,気軽に読み流せる本ではない。しかし,著者の幅広い視野によって,広域計画,都市計画,都市デザインの近代における鳥瞰図にもなっているので,読んで益するところが多い。是非,一読をお薦めする。

紹介:(株)蓑原計画事務所所長 蓑原敬

(都市計画286号 2010年8月25日発行)

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