企画調査委員会

名著探訪

キリンのまだら

平田森三

中央公論社自然選書/1975年

 この本に出会ったのはいつだったのだろうか。後年,形の科学会で知り合った人々の間で,この本は寺田寅彦の著作とならんで名著として流布していることを知るのだが,おそらくそれより前何らかの契機で手にしたものと考えられる。覚えているのは「割れめについて」に出てくる道路網に酷似したパターンである。これはゴムの板に水で固めたある種の土を塗り,ゴムの板を伸縮させて割れ目を作るのだが,土に入れた粘着剤の量によっていくつかのパターンが出現する。そしてそのうちの一つが道路網,それもあまり大規模な計画がなされていない,例えば世田谷区の道路網のようなものに大変よく似ているのである。
 著者の平田森三は高名な物理学者寺田寅彦の直弟子で,理化学研究所や東大の第2工学部教授をへて最後は東大理学部物理学科教授として活躍するが,郷里広島で原爆に被爆したからとも推測される白血病のため退官直後の5月に急逝する。本書は生前の随筆やラジオ講演の予稿をまとめた遺稿集なのである。
 表題の「キリンのまだら」は割れ目の研究の中から出てきたもので,キリンの斑模様の大きさに注目すると首の周りでは大きいがお尻や脚では小さい。これを皆同じ大きさに戻すと普通の犬のような形になる。そこでキリンが胎児のときは犬と同じような形をしていたのが,首の周りの成長が他より激しく,キリンの斑模様は皮の成長がからだの伸びに追いつかずに出来た割れ目の跡だというのである。これは当時,生物学者との間に激しい論争を呼んだという。
 都市計画に関係した話としては「近路の観測」が有名であって,これに基づいた研究や調査が我々の分野でもなされている。ここでは高いところから俯瞰した平面図で設計するだけでなく,歩行者のパースペクティブも考慮して設計すべきである,と都市計画や建築,造園に携わるものに警告を発している。
 さてこの本の中で最も感動したのは捕鯨の銛(もり)の話であった。紙面の都合で詳しくは述べられないが,銛として先端が尖っているものは水面で飛び上がり,泳いでいる鯨には届きにくい。また,たまたまうまくあったっても鯨の体内で曲がってしまう。銛を進行方向で垂直に切断した平頭銛のほうが水中でも,鯨の中でも真っ直ぐ進むというのである。常識を覆すようなこの結果に至る平田教授と実際の捕鯨に関わる人々のやり取りや,釧路港での実験が本書で活き活きと伝わってくる。理論と現場の交流から定着したこのような理論や技術について,我々はもっと知るべきではないだろうか。

紹介:南山大学教授・筑波大学名誉教授 腰塚武志

(都市計画289号 2011年2月25日発行)

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