企画調査委員会

名著探訪

流通革命    日本の流通革命

林周二             田島義博

中公新書/1962年        マネジメント新書/1962年

 P.F.ドラッカーは1962年に「流通は経済の暗黒大陸」という論文を書き,その中で,「今日われわれは,ナポレオンと同時代の人々がアフリカ大陸の内部について知っていた程度しか,流通機構について知らない。流通機構が存在すること,そして,それが巨大なものであることは知っている。だが,それだけである。」と書いた。
 奇しくも,その1962年,「流通革命」と題する2冊の本が出版され,この言葉は流行語となった。この時期,流通革命は大きくは,小売業におけるスーパーの躍進とメーカーによる流通系列化の2つの動きで理解されていた。この前者を牽引したダイエーが,SSDDS(注)といわれた本格的な総合スーパーを神戸市に開設したのが1963年であるから,その流れはまだかすかな胎動に過ぎなかった。
 林は流通分野の研究者ではない。東大駒場の若き統計学の助教授であった。その林は田島と出会う中で流通の現場に触れ,流通が大きな変化の直前にあることを見抜いた。林はこの小さな本の中で,はじめて流通が「システム」として捉えられるべきだと主張した。「パパママストアはやがてジジババストアとなって姿を消す」というやや過激な予測は,それから20年後には確実な現実となった。
 田島は後に学習院大学の教授となり,院長にもなるが,この時はまだ業界誌の主宰者であった。「安売り」「乱売」の現場を取材する中で流通が大きく変化する実態にふれ,それを生き生きと伝えた。田島は翌1963年には財団法人流通経済研究所を設立して理事長となるが,1972年にはこの流研が母体となって財団法人流通システム開発センターが設立された。この両者がその後の流通の変革に与えた影響ははかりしれない。
 2人はその後,通商産業省の各種の審議会を中心に,さまざまな形で流通政策とかかわった。しかし,この段階での課題は,後れた流通の近代化をいかに図るかという一点にあった。高度成長への足音を実感する中で,それがどのような空間の中で展開されるかはまだまったく問題とはならなかった。1968年に新都市計画法が策定される時点で,建設省は商業の立地誘導を視野に入れたが,通産省の抵抗にあっと伝えられている。現在とはまさに隔世の感がある。その時代,流通が何を求めようとしていたのかを知るのに,これ以上の書物はない。
(注)SSDDS:セルフサービス・ディスカウント・デパートメント・ストア

紹介:流通科学大学商学部特別教授 石原武政

(都市計画292号 2011年8月25日発行)

一覧へ戻る