企画調査委員会

名著探訪

これからのすまい:住様式の話

西山夘三

相模書房/1946年

 戦前の建築教育において「住宅」は軽視されており,扱われていても対象となるのは富裕階層のための大邸宅であった。著者はこれに強い疑問を持ち,学生時代から庶民住宅研究を志し,数々の都市居住者の居住実態調査を積み重ねてきた。研究の結果から,庶民住宅は大邸宅を単純に簡略化・縮小化すればよいものではなく,庶民住宅の住まい様式に一定の法則性が存在することを実証した。例えば,いかなる小住宅においても食事空間と就寝空間とは分離されており,これが満たされない場合には住生活が混乱するという「食寝分離論」を打ち出した。
 しかしながら,こうした住まい様式の研究の蓄積が現実の政策にも事業にも生かされる可能性はなかった。深刻化する戦時体制は住宅事情を改善するどころか,いっそう劣悪化させる方向に進んでいたからである。それだけに,戦争が終わって,ひどい戦災に打ちひしがれてはいるものの,著者は戦時下の抑圧からの開放感と前途への希望にあふれた非常に高揚した気分で本書を執筆したのである。これまで蓄積して来た知見と構想を基に,3ヶ月程の短期間で一気に本書をとりまとめたという事実が並々ならぬ意気込みを示している。
 取り上げられているテーマは,床面坐と椅子坐,家生活と私生活,間仕切りと室の独立性,住生活の共同化,住空間の機能分化,室の種類と家具,住宅の型・生活の型など。本書の全体を貫く著者のスタンスは住まい様式の改革をめざす強固な意志である。第1には,これまでの住様式における家長中心の封建的な体質からの脱却。第2には,それとの関連で個人的生活を重視し,「就寝分離」を軸とする居住室の確保。第3には,たとえば和・洋の二重の起居様式の併存にみられるようなムダと混乱を解消する合理的な様式の追求。そして第4には,住様式の抜本的な改革のために住要求の膨張が予想される中で,住宅規模や設備について控えめな水準を示して現実的な対応を提言している。
 こうした理詰めのアプローチによって構成された復興住宅の計画基準案が「付録」としてまとめられている。建築家としての著者は,理想とする住宅像のもっと具体的なデザインを提案したかったのではないかと推測されるが,建築学者としての著者は,デザイン以前に解決すべき住まい様式上の諸課題が山積していると認識し,まずこれに取り組まざるを得ないと考えたのではないだろうか。
 著者の住まい様式と住宅計画の提案は,戦後の住宅政策の中心となった公営・公団住宅の計画・建設に直接的に生かされたばかりでなく,住宅建築に関わる学術,産業,行政及び社会に強い影響を与えた。

紹介:京都大学名誉教授 巽和夫

(都市計画294号 2011年12月25日発行)

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