企画調査委員会

名著探訪

POWERS OF TEN
:宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅

編著者 フィリップスおよびフィリス・モリソン,チャールズおよびレイ・イームズ事務所

日経サイエンス発行/1983年

 ここで紹介するのは,POWERS OF TENと呼ばれる映像と同名の解説書である。1977年制作*の映像をはじめて見たとき,深遠なる宇宙空間に放り出されたような気分を味わった。わずか8分余の間に,地球の重力から解き放たれた自由と暗黒の不安が交互に押し寄せる。
 モダンデザインの巨匠イームズ夫妻が手がけたPOWERS OF TENは非常に刺激的な視座を提供してくれる。この映像はシカゴのミシガン湖畔で,昼食を終えて芝生の上で気ままな時間をすごす一組のカップルを1m上空から捉えた1m四方のショットからはじまる。ついで,10秒後に10m離れ,以後10×n秒後に10のn乗mずつ視座が上昇していく。およそ1分後には地球全体が視野に入るが,その後もぐんぐんと高度を増していき,やがて,太陽系を飛び出していく。さらに銀河系を離れて,約4分後に10の25乗m,すなわち100億光年の「宇宙の果て」,私たちが感知できる限界に到る。宇宙は膨張をつづけているものの,これ以上先の世界は存在しない。なぜならその光は地球に届いていないからである。イームズ夫妻の映像は,ここから視座を下げ,10のマイナス16乗mの素粒子の極小スケールまで旅をつづけることになる。
 10の16乗mから単位が「光年」に変化すること,すなわち,空間距離の尺度が時間距離の尺度に変化することが単純な驚きで,空間は時間の現れに過ぎないと得心した。それとともに,「宇宙のはて」から視座を下げ,太陽系に舞い戻り,やがて地球が視界に入る頃になると,ふるさとに還ってきたような懐かしさがこみあげてきたことも不思議な感覚だった。
 私たち人間をとりまくスケールは都市や建築の設計には欠かせない概念であり,道具である。これに関して,ル・コルビュジェの「モデュロール」(1948),C.A.ドキシアディスの「エキスティクス・グリッド」(1965),E.ホールの「隠れた次元」(1966),戸沼幸市の「人間尺度論」(1978)および「人口尺度論」(1980)など多くの労作がある。POWERS OF TENも キース・ボークの「Cosmic View」(1957)を手本にしていると言われている。
 しかし,POWERS OF TENはその名の通り「10のべき乗」の宇宙と人間と素粒子をむすぶ世界を寡黙に正方形の枠の中で表現することに専念している。そこには安易な解釈の入りこむ余地はない。CGなどの技術が無い時代に,アナログ機材で,よくもこれだけ魅力的な表現ができたものだと感心する。
 チャールズ・イームズの死後,映像だけでは描けなかった部分を補完するため,1982年に同名の書籍が出版された(日本語版1983)。今ではネット上で容易に映像を眺めることができる。まだ,POWERS OF TENを体験したことのない読者は,ぜひ,宇宙の果てから私たちの暮らす地球を俯瞰する旅に出かける事を薦めたい。

*1968年制作のPOWERS OF TEN:A Rough Sketch というエスキス作品がある

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POWERS OF TENより

紹介:早稲田大学教授 後藤春彦

(都市計画295号 2012年2月25日発行)

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