企画調査委員会

名著探訪

道の文化史 :「一つの交響曲」

ヘルマン・シュライバー 著/関楠生 訳

岩波書店/1962年

 古来,集落は自然発生的な道に沿って自然的に誕生し,道の交会する主要集落は成長して都市となった。古来,統一国家は,その首都を初めとして計画的な都市と街路を造った。統一的な権力が衰えれば道も都市も街路も衰亡し,歴史の中に埋もれていった。それは昔から何度も繰り返して行われて来たのである。
 筆者が都市計画を専攻していた学部学生時代に,「都市は活動だ,モビリティだ」と直感したことがあった。その想いを抱きながら,(旧)建設省で都市計画街路の計画・整備の実務に従事し始めたが,専門的技術的な中央省庁の仕事漬けの毎日に飽き足らなさを感じていた1970年初めに,本書に出会ったのであった。
 原著の出版年は,手元にある訳書には明示されていないが,1960年と推定される。その原題は「道の交響曲(Sinfonieder Strasse)」であり,内容も4楽章(章ではなく)に分けられている。第1楽章(アダージョ・モデラート)と第2楽章(アダージョ・マエストーゾ)は「道」のいわば考古4 学であり,第1楽章は,紀元前20世紀以来の欧州の琥珀の道,古代ペルシャの王の道,シルク・ロードなどが語られ,第2楽章は古代ギリシャと古代ローマの,道と都市と街路の盛衰が語られる。「だれが道路を発明したかは,(中略)だれにも言うことはできない。しかし道路網はローマ人の創造である。」と原著者は言う。第3楽章(インテルメッツォ・スケルツアンド)と第4楽章(フィナーレ・フリオーゾ)は「道」のいわば考現4 学であり,第3楽章においては,古代ローマ帝国の衰亡後の中世欧州が,「道」の面でも暗黒時代であったこと,近世に入って道の復活の兆しがあったが,近代に入って鉄道が誕生し,急速に普及したことが語られる。第4楽章はガソリン車の誕生から道の再生,高速自動車道路の出現,交通事故の多発までが語られている。
 本書は,翻訳というフィルターを通っているせいもあり,気軽に読み流せる本ではない。絶版になったらしく,そこらの書店で買える本でもない。しかし,人間生活と切り離すことのできない道と言うものの本質とその盛衰を,歴史的に遠く,地理的に広く見渡す原著者の視野の広さと,随所に織りこまれる博引傍証,エピソードなどは読む者をひきつけて離さないし,読んで益するところが多い。原著者は序文を次のように結んでいる。「道は人間と同じく古く,同じく新しい。そして各世紀が新たに道を造らなければならない。我々が(中略)現代の要請にしたがって新たな道を造るならば,道は過去の多くの時代と民族にとってそうであったように,われわれの時代にとっても生命の動脈となるであろう。」
 筆者はその後,(旧)建設省在職中に「歴史的地区環境整備街路事業」(通称「歴みち事業」)を創設し,その全国的普及に努めたのは,今では良き想い出になっているが,その発想や行動の原動力は,本書の薫陶によるものかと思う。また,ここ10年程,国際会議出席のため欧州に赴くことが多いが,用務の合間に古代ローマの都市遺跡,道路遺構を訪れることが楽しみになっているのも,本書の与えてくれた賜り物だと思っている。

紹介:(一財)計量計画研究所シニアフェロー・日本大学客員教授 矢島隆

(都市計画298号 2012年8月25日発行)

一覧へ戻る