企画調査委員会
見えがくれする都市
鹿島出版会 /1980年
この書は絶版になっているわけではなく今でも容易に入手可能なものだが,筆者がまだ駆け出しの公務員だった時分に手にして感動を覚えたものであり,今日なお全くその輝きを失っていないので,あえて「名著」として取上げることとした。
公務員として都市計画に携わる者にとって,どのような知識・技能が必要なのか。この点は,大学で建築学を学んで都市計画を志して公務員となった筆者にとって,出しそびれてしまった大きな宿題のように,気持ちの底部にモヤモヤと蟠るテーマであった。都市計画法を始めとする制度は,法令やその解説及び関連通達をよく読み現場の人の話をよく聞けば,つまり日常業務を真面目にしていれば,習得可能である。しかし,その制度を使って現実の市街地の空間の質をどう高めるのかという点になると,プリミティブな用途純化論や防火論くらいしかなく,アーバンデザイン手法もほとんど知られておらず,市街地の質の把握方法自体手探り状態であった。
そうした時期に,掴みどころのない日本の一般市街地を,東京の住宅地の分析を通じて「構造的に捉えて」見せてくれたのが本書である。内容は5篇の論文からなり,初めと末尾の総論的な2篇を槇文彦氏が書き,他の各論3篇をそのお弟子さん3人が担当している。実務的には各論3篇が面白い。
初めが「道の構造」で,住宅地の末端の道まで含めてその構成の原則を提示している。それは「陣とり式の空間分割」で,「限られた局所的な広がりの中でその場その場で解を出していくやり方,悪くいえば場当たり的だが逆に部分的な条件を大切にする方法」でもある。つづく「微地形と場所性」は,東京の細かな地形の起伏が地区の性格や道路パターンの違いを決定づけていること,坂が地区の境界(切替え装置)の役割を果たしていることなどを示す。最後の「まちの表層」では,住宅地の街路景観の把握・分析方法として,「表層の一次面(道路側外壁)」と「表層の二次面(道路に面する塀・柵・敷地界表示等)」という概念を提示し,両者の関係から住宅地を四つの型で捉えることができると論じている。
当時,目から鱗が落ちるような気持ちで,フィルターのかけ方によってこうも見え方が変わるのかと思い知らされたものである。今読み返してみるとまた別の感慨を覚える。槇氏の序文に「所謂好ましい環境性とは,個別にあらわれた工夫とかお金のかけ方ではなく,むしろ,多くは,ある地域社会なり集団が歴史的にもち続けてきた環境への願望が,形態とか空間に照射され,維持された場合である」とあるが,今からの時代こそこの認識をもって,関係者はことに当たらなければならないと感ずる。
紹介:C-まち計画室代表 柳沢厚
(都市計画301号 2013年2月25日発行)