企画調査委員会
Design With Nature
1969年(初版)
本書との出会いは大学3年の夏休みだった。モチベーションの湧かない必修科目の連続に辟易としつつ過ごした教養課程をなんとか終え,当時の私は,ようやく念願の環境関連の研究に専念できると,浮き足だっていた。とはいえ,環境というキーワードがあるだけで,テーマも道筋もまるで見えていない。そんな私にとって,本書のインパクトは強烈だった。
この書が著された1960年代末,日本やドイツ同様,アメリカもまた深刻な公害問題をかかえていた。川にたれ流された廃油に火がつき「川が燃える」というスキャンダルが起きる,そんな時代だった。こうした事態に対しアメリカでは,公害の未然防止を果たすべく,環境アセスメントの手続きが確立された。案件ごとに環境の様態を調べ,環境影響を予測評価し,影響を許容レベルに収まるものに誘導する。上意下達を嫌い,草の根レベルの判断が社会の意思決定の礎をなすアメリカを象徴する環境保全策が,環境アセスメントだった。
本書の根幹をなすエコロジカル・プランニングの手続きは,土地の自然的・社会的要因をしらみつぶしに調べ上げ,それを基礎に土地評価を行い,ランドスケープの計画を決定しようとするもの。環境アセスメントの手続きに酷似している。それもそのはず,著者のイアン・マクハーグ(Ian MacHarg)は,ケネディから続く歴代政権下,連邦政府の環境委員会委員を長く務め,環境アセスメントの制度的確立にたずさわった人物の一人だった。そうした彼が著したこともあり,エコロジカルなランドスケープ計画の指南書として,本書は世界中でベストセラーとなった。ペンシルベニア大学で教鞭を執っていた彼のもとには,世界中から学生が殺到した。GISソフトウエアの世界標準であるArc-Infoも,もとはといえばエコロジカル・プランニングの手続きを,コンピュータ上で処理すべく開発されたものだった。
もっとも,名選手・名演奏家が高潔な人物とは限らないように,とくに晩年の彼の人となりは,必ずしも名著にふさわしいものとは言えなかったようだ。私は,アメリカでの学会の折り,晩年の彼の講演を聴いたことがあるが,基調講演にもかかわらず,訛りの強い,ほとんど聞き取れない濁声で,お世辞にも上品とは言えないジョークを連発するばかり。また,自ら経営するコンサルタント会社にあっては,周囲の忠告に耳を貸さずイランでの事業に多額の資金をつぎ込むも,政権崩壊により事業が破綻。膨大な借金をかかえていたという。日本国際賞を受賞し,その賞金を借金返済につぎ込み,ようやく肩の荷が下りたと思った翌年に逝去。なんとも波瀾万丈な人生だったようだ。
その道を極めることと人格は別。それを教えてくれたのもまた本著だった,のかもしれない。
紹介:東京大学大学院教授 横張真
(都市計画302号 2013年4月25日発行)