企画調査委員会
スケープテクチュア:明日の造園学
鹿島出版会/1977年
本書は,造園学の研究,教育に多大な業績を残した江山正美が,集大成として著したものである。私が大学在学中は公害や自然破壊,スプロールにより都市環境の悪化が進行した時期で,江山先生の造園計画原論を受講し,造園にはこれらの事象に対処し得る力を持合せていると感じ取った。
それまでの造園は,芸術としての側面に重きが置かれていた。それに対して合理性・科学性に基軸を置いて造園(計画)学の体系化を試みたのが,本書である。都市計画行政に従事していた折に本書を手にし,改めて造園の大きな可能性を再認識したのだった。
先ずは19世紀半ばにアメリカで誕生した近代造園学(Landscape Architecture)の定義と発生過程,人間と自然の捉え方を概説し,これを集約して「スケープテクチュア」と称し,「自然ないし自然要素との共存を基調としながら,合理的で快適な広義の生活環境を保護・造成し,人間の多様性に応えるための環境計画学である(要約)」と新たな定義付を行う。その上で基本理念に言及し,「自然ないし自然要素との共存」思想は「すべての生命との共存」の思想であり,当時ローマクラブが「成長の限界」で指摘した人類の生存がおぼつかなくなった状況にあって,極めて深い意義が内蔵されていると論じた。
次にNYセントラルパークの変遷や樹木の特性の捉え方,都市公園緑地の所要量等の考察を通して,独自の視点で「合理性と科学性,具体的な形とスケール」に集約される環境計画上の課題を指摘した。そして人間にとって快適な空間の計画の基調をヒューマン・スケールに置き,人間の歩行,視覚,人間同士の間隔・影響圏の特性を数値や法則として物の見事に解き明かした。計画策定に重要な役割を果たす技法,指標,原則についても,造園空間の対象・レベルに応じ,プロポーション理論による美の造形の技法,グリーン・ミニマム(緑の最低標準),風致維持の基本原則等として明快に導いたのである。
とりわけ共感を覚えたのは,基本理念と計画策定の両面にわたり,先人が残した思想や論評,研究等を引合いに出しながら緻密な分析と深い考察を加え,結論を導き出した姿勢であった。その後に公園,市街地開発,都市マス,緑地政策等に携わったが,いずれの場面でもこの姿勢から多くの教訓を得た。
都市の人口・構成の急激な変化や人類の生存に危機をもたらす地球温暖化,生物多様性問題も加わり,複雑・多様化を呈する状況下にあって,約40年前に本書が示した近代造園学の基本理念と計画の方法論は,さらにその意義と輝きを増していると言っても過言ではない。その存在を知る人は極めて限られているが,本書は都市の空間計画に新たな扉を開いた名著である。
紹介:一般社団法人日本造園建設業協会常任顧問 髙梨雅明
(都市計画310号 2014年8月25日発行)