企画調査委員会

名著探訪

社会的共通資本

宇沢弘文 著

岩波新書/1994年

 約20年前,大学院博士課程社会人コースに入学し,平日は会社で交通計画実務,休日は大学という二足の草鞋を履くことになりました。研究テーマは土地利用と交通の相互関係をとりあげ,まずは経済関係の論文,書籍の濫読からはじめました。
 表題の「社会的共通資本」という概念は,それまで業務に追われ,増加する交通需要に対応するための手段としての交通施設計画に偏っていた私の考え方を軌道修正させ,改めて豊かな人間社会をつくるためにどのようなスタンスでインフラづくりを行うべきかを教えてくれました。
 社会的共通資本とは「一つの国ないしは特定の地域に住むすべての人々が,豊かな経済生活を営み,すぐれた文化を展開し,人間的に魅力ある社会を持続的,安定的に維持する社会的装置」と定義されており,自然環境,社会的インフラ(道路,港湾等),制度(教育,医療等)の3つの資本で構成されるものです。
 この概念は,著者が経済学の歴史を踏まえた様々な考察ののち,資源配分の効率性と所得配分の公正性の面から,経済学の原点に立ち戻って,より人間的な,より住みやすい社会をつくるためにどうすればいいかの視点から導き出されたものです。
 「制度」を資本として捉えていること,及び「各部門は職業的専門家によって専門的知見にもとづき,職業的規範に従って管理維持されなければならない」といった2つの考え方が強く印象に残っており,インフラづくりにおけるハード・ソフト施策の関係性,コンサルタントとしての座標を私なりに認識することができました。
 都市の土地利用は,そこで営まれている社会的,経済的,文化的,人間的活動を規定するうえで,決定的な役割を果たします。少子高齢化,人口減少社会に向かうわが国の都市づくりの目標としてコンパクトシティが提唱されています。集約化,多機能化,ネットワーク化が共通キーワードですが,それを地域に当てはめるとき,本書にあるように技術的,風土的,社会的,経済的諸制約条件の下で,どのような社会的インフラを配置し,どのような制度により運営していけば,そこに住む人にとって人間的,文化的,社会的観点から最も望ましいかを常に念頭においた検討が必要です。
 本書では,このほか農業,教育,医療,金融,地球環境に関して多くの知見を得ることができ,改めて読み返すと社会における総合的なインフラづくりのための切り口が随所に示されており,都市計画に携わる学生,若手技術者の方にはぜひ読んでいただきたい名著であると思います。

紹介:(株)福山コンサルタント 常務取締役 中村宏

(都市計画312号 2014年12月25日発行)

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