企画調査委員会

名著探訪

伽藍が白かったとき

ル・コルビュジェ

岩波書店/1957年

 都市計画の研究者に限らず,だれにでも自分の生き方,行き方に影響を与えた本の1冊や2冊はあるだろう。私の場合は,ル・コルビュジェの「伽藍が白かったとき」である。岩波書店発行のA5判の白い表紙はすでに変色している。表紙にはニューヨークのマンハッタンの白地図が印刷されて,原題の ”QUAND LES CATHEDRALES ETAIENT BLANCHES” がイラストされている。奥付を見ると1957年の第1 刷,購入したのは1966年の第9刷で,10年弱の間によく売れたのであろうから,私だけでなく同年代の方々には読まれた方も多いだろう。中学生のころからおぼろげに建築を志していたので,高校生の時に朝日新聞の書籍広告欄で見つけてすぐに岩波書店から直送してもらった。実はその前に,NHK松山放送局でラジオドラマ「伽藍が白かったとき」が放送されて,私は偶然聞いたのがもう一つのきっかけであった。ドラマは,愛媛県の建築家,松村正恒氏の建築活動をドラマ仕立てにしたものであり,私自身は今でも鮮明に覚えているのだが,松村氏を研究されている方にお聞きしても放送の事実を再確認できないのは残念だ。
 前置きが長くなった。この本は現在,岩波新書で再版されているので若い人たちも読むことができるから内容を逐一紹介しても仕方ないことであるので,短く私の感想を述べることにする。
 コルビュジェの元で修業した初めての日本人である前川国男が「まえがき」で書いているように「・・・ひらめきと詩情あふれた・・」本である。多くはコルビュジェが1935年にニューヨークに滞在した3か月間の建築や都市の経験と思索を記したものである。時あたかも世界大恐慌からマンハッタンが高層ビルのブームでようやく小康状態にあった時期である。そのニューヨークを美しい破局と表現してはばからないのである。
 この本に一貫しているのは,飽くなき熱情と若々しい感性,論理よりも直感,同意よりも批判,収束よりも破局,という社会や都市・建築状況に対する天才の見方なのである。そして天才コルビュジェの講義を聞いた学生は「あなたの1時間の講義は大学課程の3年分と同じくらいの価値があります」という評価に正直に小躍りするほどの喜びを表現している。
 80年前に書かれた「伽藍が白かったとき」が80年後の現在でも決して色あせず,白い輝きを持っているのはこれらによるといえるだろう。地名や人名や絵画や建築や都市の列挙を逐一検索するとコルビュジェの追経験がおもしろく広がって行くに違いない。

紹介:大分大学名誉教授 佐藤誠治

(都市計画315号 2015年6月25日発行)

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