企画調査委員会

名著探訪

タウンウォッチング
:時代の「空気」を街から読む

博報堂生活総合研究所

PHP研究所/1985年

 日本経済がバブル景気にさしかかる直前に出版された「ビジネスマンが明日のトレンドを読むための街歩き」の指南書である。都市計画分野の専門書ではなく,街をマーケティングの視点からとらえた一般書ではあるが,今日ほど市民権を得ていなかった「まちあるき」の面白さと,街歩きを通じて経済活動等から生じている街の小さな変容に普遍的原理を見出すことの重要性を提起する,従来の都市計画専門書にはない斬新な視点を持つ書である。
 出版時期は日本の産業構造や消費構造が変革した時期と重なり,大衆から「分衆」,サブカルチャーの誕生といった価値観の多様化が進んだ時代である。翌86年には男女雇用均等法が施行されるように,女性の社会進出が本格化しようとした時期でもあり,本書は消費者,なかでも若者や女性の消費動向が作用する街の変容に焦点を当てている。
 本書は,第一部「街からトレンドを読む」,第二部「街論」,第三部「これから街はどこへゆく」,第四部「街をキーワードで読む」の4部構成からなる。「街はビジネスの教科書」として「脚下照顧」を謳い,ひたすら自分の足と目で探索する①明智型タウントレンド発見法,定点観察を行う②彦星型タウントレンド発見法,空間比較を行う③ガリバー型タウントレンド発見法などの紹介から始まる。都市計画学的に示唆に富むのが,第二部「街論」の第一章「街の構造論」であり,「街の構造に関わる法則」として「六〇〇メートルショップ」「スポンジショップ」などが示される。六〇〇メートルショップは,従来の駅周辺の盛り場のはずれに人気の高い店が立地する傾向をとらえたもの,スポンジショップは路地裏にある魅力的な店で,その集積により街に新たな回遊性をもたらすものを指す。他章でも,「街を記号的に解釈した場合の法則」「街およびその中の店を経営論的に見た時の法則」「時間によって支配される街の法則」など独自の論が展開されているほか,広告代理店の執筆らしく「一つ目小町」「循環器型タウン」「街のFIP UP」「シティエクボ」「街のHIS三角形」「PFダイナミクス」「ノーカン喫茶」などの新造語にあふれていて,一見すると不真面目,眉唾物では?といった印象を受けてしまうところがある。
 しかし,消費性向が街の構造を変える力を持っていることを示唆していたこと,官製の「上から目線」ではなく「消費者目線」から街を見ることの重要性(後の市民主体のまちづくり),街の現場での動き(変化・トレンド)から将来の都市動向を予見し都市を計画する必要性などを教えてくれた,時代の転機を象徴する好著であった。

紹介:大阪大学教授 澤木昌典

(都市計画320号 2016年5月15日発行)

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