企画調査委員会
江戸から平成まで
:ロジスティクスの歴史物語
白桃書房/2016年4月
本書は土木工学,都市計画,ロジスティクスを研究し2009年に石川賞を受賞した著者が,永年の研究と多くの実務の成果をもとに,我が国のロジスティクスの近世以降の歴史を紐解いた書籍である。江戸の街の形成過程を,物資供給のしくみをもとに,初学の方にもわかり易く解説し,河岸を中心とした「物の運び」が都市づくりの基礎となったことを明らかにしている。つづく明治時代の殖産興業においても,物流ネットワークがその大きな役割を担ったことに言及し,生糸輸出を事例に挙げ,「水のシルクロード」から「鉄のシルクロード」への変化が起きたとして,鉄道の時代の到来が日本の産業発展を支えたことを示した。さらに太平洋戦争終結までを,ロジスティクス(ここでは兵站)を軽視した時代として紹介し,戦後の高度経済成長期になって再びその重要性が見なおされたことを数々の視点から立証している。最後に,ロジスティクスが直面している3つの課題(人材育成,少子高齢化,災害)を提示しつつ,持続的な国家成長のためロジスティクス完全復活への重要性を説いている。また,著者が近年,体系的に整理したロジスティクスの定義や機能等が簡潔にまとめられ,随所に掲載されているのも初学者には極めて有用である。
本著の特徴はロジスティクスの本質を,近世,近代から現代まで時代背景のもとに丁寧に解説している点であり,2人の恩師(大塚全一先生,中西睦先生)の2つの専門(都市計画,物流)が著者の深い見識と努力によって見事に融合し,昇華した賜物とも解釈できる。えてして多くの教科書は,専門的な情報を整理して体系化することに重点を置かれているが,本書はその本質の概念の成り立ちに立ち戻り,その形成過程を通して一つのストーリーを組み立てており,大変読みやすくかつ理解しやすい。著者が最後に,井上ひさしの名言と多くの仲間に支えらえたと謝辞として書いてあるが,それ以上に著者のロジスティクスに対する愛情があふれ出た書籍である。この本を読んでいて,都市計画の父と云われた石川栄耀先生の「社会に対する愛情,これを都市計画という」という言葉を思い出した。今後の都市計画にロジスティクスに対する正しい認識と,その活用が不可欠であることを繰り返し教示してくれる。なお,この本が歴史という時間軸ならば,同じ著者の「みんなの知らないロジスティクスの仕組み」は,ジンベイザメのお引越しや丸ビルの物流など,現代の日常生活に潜むロジスティクスを切り取った本である。合わせて読むと,ロジスティクスの幅広さに驚かされる。これからロジスティクスを学ぼうとしている方はもとより,都市計画,交通計画に従事されている多くの方にも,ぜひ読んでいただきたい名著である。
紹介:早稲田大学教授 森本章倫
(都市計画321号 2016年7月15日発行)