企画調査委員会
Understanding Travel Behaviour
Gower /1983年
本書は1980年代初め,当時のオックスフォード大学交通研究所(TSU)のメンバーが5年間かけて実施した研究プロジェクトの成果を取りまとめた学術書である。今では絶版となったが,交通行動を探究する研究者には必読の名著の一つであろう。このTSUプロジェクトは,当時,隆盛であった非集計需要モデルなどの欠点を補足する「アクティビティ・アプローチ」という革新的な概念を提唱した学術書であるだけでなく,研究の企画・遂行の有り様について学ぶことのできる実用書としても価値が高い。
アクティビティ・アプローチとは,ごく簡単に言うと,交通行動を日常的に営まれる生活活動(アクティビティ)の派生需要として見なし,活動に働く時間-空間制約の文脈で交通行動を捉える調査分析手法である。時間-空間制約に加えて,世帯構成員の行動間の相互依存制約の文脈で捉えるべきであるという主張も込められている。その本質は,旅行時間の短縮や公共交通システムの再編に対する人々の反応は不連続であるという政策的含意にあり,これは,従来の需要モデルが置いてきた仮説に反するものであった。強い仮定を積み上げて行動を捉えようとする交通需要モデルとは異なり,本書は実証主義の立場をとり,本腰を挙げて日常生活の現実と意思決定の多様な影響要因を取り扱っている。また,研究の企画・設計が探索的であり斬新であるところが本書のもう一つの魅力である。
本書は段階を追って論理展開されており,読者は著者の思考の道筋を正確に追跡ことができる。各章の内容紹介はここでは割愛するが,政策の決定が活動や交通パターンに及ぼす影響を推計するにあたって,アクティビティ・アプローチは,集計/非集計行動需要モデルでは手が出せない情報を引き出す可能性を秘めている。
本書が出版された1983年当時,日本はオイルショックから立ち直り,規制緩和が推進され,ハイテク産業を中心として景気が好転しつつあった。全国でニュータウンの開発や新交通システムの建設が進んでいた。大学院の学生であった拙生は指導教員の紹介で本書を輪読し,アクティビティ・アプローチの魅力に惹かれた。研究動機づけの鮮明さ,入念な研究企画,調査設計の重要性,記述的分析の力,英語表現の奥深さや美しさを感じ取った。時代は移り,今日の高齢社会では時間-空間制約の価値や意味合いが変わりつつある。通信ツールを使った送迎やシェアリング,自動運転が現実的になり,個人間の相互依存性が政策の決定により重要な役割を果たすようになってきた。IoT等によるビッグデータがトリップの捉え方や交通調査の枠組みを大きく変えようとしている。若手研究者の皆様には,是非一度,原文を一読されるようお薦めしたい。
紹介:広島大学教授 藤原章正
(都市計画329号 2017年11月15日発行)