企画調査委員会

名著探訪

計算幾何学と地理情報処理

伊理正夫 監修/腰塚武志 編集

共立出版/1986年初版

 本書は,計算幾何学の基礎的アルゴリズム,地理情報処理の基本的手法,及びそれらの応用事例をまとめたものである。地理情報処理の技法確立を目指して1981年に設置された,日本オペレーションズ・リサーチ学会研究委員会「地理的情報の処理に関する基本アルゴリズムの調査・開発」の研究成果に基づいて書かれている。数理工学と都市工学の研究者9名が章節ごとに分担執筆しており,基礎から応用まで幅広い内容を含んでいる。
 私が大学院生であった1990年頃,計算幾何学の和書は殆ど刊行されておらず,本書をバイブルとして貪るように読んだ記憶がある。多角形面積の簡便な計算法,線分の交差判定,点と多角形の包含関係判定のアルゴリズムなど,門外漢であった私には非常に洗練されて映った。実際のプログラム作成時に重宝しただけではなく,アルゴリズムを裏付ける様々な概念は,空間解析手法を考える際の発想の源でもあった。現在でもふと手に取り,ぼんやり誌面を眺めることがある。
 編書ということもあり,決してよくまとまった本ではない。巻頭にあるように各章の内容は独立しており,相互の関係性はやや曖昧である。にもかかわらず,本書が評者を惹きつけるのは,その内容の濃密さである。二段組みの紙面に最小限の表現方法で詰め込まれた情報の豊富さには,計算幾何学・地理情報処理黎明期の筆者らの熱意を感じずにはいられない。図も非常に丁寧に描かれており,そのやや古典的な印象は,文面内容の高度さと不思議に調和し独特の雰囲気を醸し出している。文献一覧は充実しており,今でも十分,研究に役立つものである。
 計算幾何学や地理情報処理の核心部分のみを抽出した本書の理解には,関連する基礎的文献の参照が必須である。換言すれば,本書の理解は,計算幾何学や地理情報処理に関する相当程度の知識獲得を意味する(評者は未達であり,あくまで推測であるが)。現在は絶版であり,若い研究者が手軽に読めないというのは極めて遺憾である。勿論,当時と比べて計算幾何学や地理情報処理はいずれも飛躍的な発展を遂げている。しかし本書の内容は,一部改訂の必要はあるものの,その大部分は現在でも十分に通用する水準にある。一体現代の我々は,ここまで濃密な著作をものすることができるであろうか。都市解析の研究者は勿論,都市計画の幾何学的側面に興味のある方々に広くお勧めする名著である。

紹介:東京大学教授 貞広幸雄

(都市計画331号 2018年3月15日発行)

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