企画調査委員会

名著探訪

アーバン・デザインの手法
原題: ”Urban Design As Public Policy” 1974

ジョナサン・バーネット 著/六鹿正治 訳

鹿島出版会/1977年

 冒頭から脱線する。学生時代,都市とデザインという分野に関心があった。白状すれば,まず,その“響き”に惹かれた。筆者の大学入学前にひとしきり都市デザイン論ブームがあっとみえて,入学後も書店の書棚にはその手のタイトルに事欠かなかった。ル・コルビュジェ『輝く都市』(邦訳1968),E.ベーコン『都市のデザイン』(邦訳1968),都市デザイン研究体『日本の都市空間』(1968),同『現代の都市デザイン』(1969)等々。大学1年生だった筆者は,書店を経巡っては,それらをあたかも採集するかのように買い込んで,いわゆる建築家による古典的都市の解釈と表記法,都市の未来図とその表現方法にうっとりとしていた。都市計画や都市デザインとはこういう仕事に関係があるのだろうと思い込んでいた。ある日,行きつけの渋谷の書店の書棚に新刊の本書タイトルを見出したときには,以上のような心理の延長上に欣喜雀躍した。アーバンデザイン。美しい“響き”に思えた。
 読み始めて衝撃を受けた。冒頭に,これまで建築家が提起してきた都市の未来図を「逃避主義」と断じている。“かれら”の仕事は,混沌とした都市状況に正面から向き合うことなくこれを仮想的に白紙化し,快適さとは縁遠い規格化された空間を反復させているに過ぎないという。個人を伝統的束縛から解放するはずだったモダニズムは「, 工夫の無いお役所的反復」や「儲けしか頭にない企業家たちのコスト削減という要求」がもたらした画一主義によく合致した,と,まことに手厳しい。
 本書は,したがって,都市の未来図,理想像の描き方の書ではなかった。所得階層や人種が多様なニューヨークの都市状況にどう向き合ってきたか。問題をどう分析し,これを解決するためにどんな手段を模索したか。法制度をどう読み,市長やその周辺をいかに説き伏せ,あるいは協力を得たのか。そういうバーネット達の 1965年から1973年にわたる苦労譚であり成功譚であり失敗譚だったのである。建築容積のボーナス制度,住民参加とそのプロセス,中心市街地(ダウンタウン)活性化など,こんにちでは耳慣れたタームが本書には登場する。が,半世紀前のことなのだ。都市デザインは個別の建築の意匠や,都市の軸線などといった概念によって語られるのではなく,地権者の利益,住民の利益と信頼,都市経営戦略を視野に入れてはじめて動き始めることを明示していて新鮮だった。
 それにしても,個別具体的な生々しい実践譚は往々にして読者を疲れさせるものだ。にもかかわらず本書が筆者を魅了したのは,その掲載図版だった。バーネット達によるアーバンデザインの実例,その検討前後が図版で比較できるように編集されている。それらの美しい図版は「逃避主義」の産物ではなく,現実の都市の上に提示され,地域住民との対話ツールともなったヴィジョンだ。本書は,無知な筆者にこの分野の大きな可能性を見開かせた忘れ難い1冊となった。

紹介:東京工業大学教授 齋藤潮

(都市計画332号 2018年5月15日発行)

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