企画調査委員会

新刊探訪

無形学へ:かたちになる前の思考
:まちづくりを俯瞰する5つの視座

後藤春彦 編著

水曜社/2017年

 モヤモヤを解消してくれる見事な作品だ。消滅自治体が言われ,うまくいっている事例は例外扱いされ,選択と集中で戦略的な投資をするしかないような風潮の中で,着実な思考と行動により人々の暮らしを充実させることができることを理論化し,実践例を示している。
 それにしても建築と都市計画を専門とする研究室の成果を「無形学」としてまとめるとは思い切ったものだ。近くにいた評者もこの本が出る直前までこのタイトルは全く知らされてなかった。しかしここには編著者を中心とした研究室の実践的な研究成果が,星雲状態から徐々に結集してかたちになっていく思考を見事にたどることができる。
 ただ,かたちにすることが職能の基本である建築・都市計画家にとって,一方では,調査や構想というかたちになる前の思考の重要性は,言わずもがなでもある。この分野の学術研究の多くはこのことに取り組んでいる。むしろ「かたち」とあまりにも離れてしまっていることが問題とも言えよう。この無形学はその意味で言えば「かたちになる直前の思考」とも言えようか。形がそこまで見えていてモヤモヤとしたものがあってそれをエイヤーとかたちにするのではなく,そこで立ち止まって見渡したり見据えたりして,「かたちになる」のを待つ方法だ。そこには一緒に活動する地域の人々と,積み重ねられた場所への心からの信頼がある。
 本書の全体は,まちづくりを俯瞰する5つの視座により論が展開している。やや,堅苦しい漢語が並ぶ5つの主題とともに魅力的な副題がつけられ,無形の意図が理解できる。共発的景観論は「風景と地域との統合的解釈」,重層的都市論は「隣り合う他者と関わりを持つための場の理解」,そして戦略的圏域論は「産業活動を軸にした多義的な領域の計画」という具合だ。それぞれの章の扉には,有形でも無形でもないそれらを繋いでいるように見える人々の暮らしの「姿」が描かれている。この姿には本書にちりばめられている,動きや重なりなどという思考のキーワードが込められていて本書を楽しく読み進める手助けとなっている。
 本書は有形と無形の往還を出発点にしているが,編著者の後藤さんの研究歴を反映して,都市と農村を分け隔て無く往還する思考もまた実に魅力的である。地域やまちに関心を持つ多くの人の座右においていただきたい書籍である。

紹介:早稲田大学総合研究機構上級研究員 佐藤滋

(都市計画332号 2018年5月15日発行)

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