企画調査委員会
旅する街づくり
:若き都市計画家の欧米都市見聞録
万来舎/2018年1月
本書は,著者が1963年から2年間,米国ボストン(ケンブリッジ市)のMITとハーバード大学の共同設立による研究所に研究員として留学した際に,米国及び欧州の各都市を訪問調査した見聞録です。米国赴任時と研修を利用して米国各都市を訪問するとともに,帰国時に50日におよぶカナダ,欧州各都市の訪問調査を行っています。50年前とは思えない各都市の鮮明なカラー写真100葉と都市計画図等の資料が70近く掲載されており,300ページ以上の本文とあわせて大部の図書です。
時代背景や社会状況が異なる各都市の当時のホットな都市計画を直接見極め,現地での交流をふまえて,米国,欧州,日本との比較を行いながら分析されています。旺盛な好奇心とバイタリティある行動力をもった青年都市計画学者の目を通して,生き生きとした筆致で都市や人物が描写されています。ニュータウン計画や既成市街地の再開発を中心に,外国の都市について,日本でいえば,似ているのはこういう街だというコメントもはさまれ,現地をイメージしやすい配慮が行き届いています。また,研究所の教授陣や同僚,友人をはじめ,各都市の都市計画担当者,旅先で出会った人物についても,人種による考え方や気質の違い,特長ある風貌などを交えて,人物模様や著者の異文化把握が的確に表されています。(筆者は,「ショートノーズ」という表現が人間の類型に使われるのをはじめて知りました。)槙文彦氏や谷口吉生氏との交流エピソードも紹介されています。
一方で,旅先の思わぬ出会いやアクシデントに巻き込まれたり,米国の広大な国土に圧倒され彼我の格差を思ったり,客観的な記述にとどまらず,その都度の心情や印象も各所で述べられているところは大いに共感できます。若いひとりの日本人の旅行記としても楽しい読みものとなっています。(ところどころの女性との出会いの記述は,時効による解禁ということでしょうか。)もちろん,鋭い切り口での都市開発事業,都市デザインの評価や研究所での空間計画と社会学的アプローチとの勢力争いの状況とその背景の分析など,専門家向けの論述もたっぷりあります。
何より50年前の精緻な記録をまとめた著者の記憶力,分析力と周到な資料管理に驚嘆します。また,わけ隔てのない人間交流力が成果のベースにあるのでしょう。
潤沢でない資金をやりくりして心細い思いをしながらも調査訪問計画を立て現地に飛びこんで行く若い都市計画学者の姿は,健気で微笑ましいと同時に,高度経済成長の途上にあり1964年東京オリンピックを開催し上昇機運に乗る,当時の日本という国と重ね合わせられるように感じました。
今から50年以上前の時代の調査記録ですが,当時の欧米各都市の都市計画が,「市民や企業が個々の国特有の人間的な都市感覚で街づくりを進めることができた時代の産物」であり,「まだまだ手づくりの都市計画が存在していた」という著者の言葉通り,現代の考察にも有意義なものとなっていると思います。まもなく都市計画法制百年を迎えるときにあたり,日本では新都市計画法前夜のちょうど半世紀前の海外都市計画の情報記録をまとめた本書は,歴史文献的な価値としても貴重です。
紹介:森ビル株式会社 坂真哉
(都市計画333号 2018年7月15日発行)