企画調査委員会

類書探訪

生き心地の良い町
:この自殺率の低さには理由(わけ)がある

岡 檀

講談社/2013年7月

 「生き心地の良い」とはどういう意味だろうか?本書のタイトルを目にしたときに,まず素朴な疑問がわき,副題の「自殺率の低さ」にも大いに興味を惹かれた。この物語は海部町(現在の徳島県海陽町の一部)で生じていることを,筆者独自の視点で調査したことを綴ったエッセイでもあり,各種の統計データに基づく学術書でもある。
 全国で最も自殺率の低い市町村を調べると,島を除くと海部町がトップとなる。その理由を求めて筆者が海部町で様々な人に会い,多くのインタビューや現地調査を実施し,自殺予防因子を探し出すまでの過程を,心の描写を含めて赤裸々に語っている。筆者が見つけた「人の多様性や緩やかな人のつながりの重要性など」の自殺予防因子は,街づくりに携わる方なら必ず心当たりのある要素であり,それが様々な根拠をもとに実に見事に指摘されている。また自殺の少ない地域として,平坦な土地,可住地人口密度,海岸部で積雪が少ないなどの地理的特性についても触れられており,都市計画との関係を考えさせられる。
 都市計画の古くて新しい視点を指摘する書籍でもあり,研究者としての考え方や取り組みが述べられた指南書でもある。自分が読み終えた後,まっさきに研究室で学部4年生に輪読を勧めた。研究の面白さや新規の研究に臨む際の心構え,自分の仮説を立証するための努力,科学的アプローチのやり方,どれも研究者のたまごである学生に学んでほしい内容である。文体は論文のように難解でなく,常に親しみやすく分かりやすいスタイルで表現されており,大変読みやすい書籍である。また,都市計画の専門家にとっては,これまで「生き心地」の視点をどれだけ都市計画実務に反映できたかを自問自答する課題書でもある。少子高齢化,地球環境問題,都市持続性など考慮しなくてはならない項目が多々あるなかで,自殺率の低さも重要な視点であることに改めて気が付く。また,まちづくりにおけるコミュニティ形成の思い込みなどにも気づかせてくれる。
 通勤・通学時の電車の中など空いた時間で気軽に読める書籍でもあり,多くの都市計画に携わる方に是非一読をお勧めしたい。

紹介:早稲田大学教授 森本章倫

(都市計画334号 2018年9月15日発行)

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