企画調査委員会

新刊探訪

県都物語:47都心空間の近代をあるく

西村幸夫

有斐閣/2018年3月

 とにかく圧倒される本である。本書を限られた紙幅で手際よく紹介しないといけないのだが,最初の一言がなかなか出てこない。著者は冒頭で「私がいいたいのは『あらゆる都市には物語がある』ということに尽きる」と書いている。魅力的な物語が47編,しかも何れも抽象的,空想的世界ではなく,固有名詞に溢れた具体的,現実的世界の物語が次々に提示される。この47編が一人の手で生み出されたことに驚愕する。
 物語は丹念な調査に基づいている。各都市をプランナーの眼で丁寧に歩くことで得られる大局的都市把握,微細な手がかりも見逃さない各年代の地図に基づく変遷の読み取り,郷土資料を含む様々な文献踏査に基づく史実整理といった調査手法を組み合わせて,絶妙な味わいのある物語を生み出している。私はこの20年ほど,著者の比較的近くにいたつもりだったが,著者がどうやってこうした調査の時間を捻出しえたのか,そのからくりは未だに見当もつかない。各都道府県に著者の分身がいたのではないかと疑ってみたくもなる。
 物語の多くは謎解きのかたちをとる。主に着眼しているのは「主要な都市施設の配置や道路の構成,川や丘陵などの自然環境との関係」などに現れた個性=都市の「骨相」である。この「骨相」をはじめ,物語を綴る,つまり都市を読む際の手法や視点,ボキャブラリー,姿勢に関して学ぶところが多い。里程元標,道路元標の位置から都市の「へそ」を見出す手法,戦災復興等によくみられる互いに直行する幹線道路を新たに設けることを指す「十文字に都市を開く」という表現,比較的穏やかに静かに歴史を築いてきた都市(山口市)を湖底堆積物の沈殿が生み出す縞模様「年縞」に例える感覚,上からの目線になりがちな「批評」や「評論」ではなく都市生活者の一人として語ることを意味する「物語」,「ストーリーテリング」という態度など,もう挙げ始めたらきりがない。
 著者はあとがきで,「都市デザインとは,都市という書物の多様な著者の営みを繋ぎ合わせ,ひとつの物語として今日の都市を語り,そしてそのストーリーを次の著者たちに引き継いでいく,そうした試みの総体をいうのではないか」と,物語を軸に都市デザインそのものの意味を再解釈している。人間はそもそも世界を時間と個別性のなかで理解する「物語る動物」である。そうした人間が生み出した都市も同じであろう。だからこそ,都市計画や都市デザインも人間らしくありたい。本書はそのような思いを正面から受け止め,かたちにして示してくれている。本書を閉じたあとに全国各地で様々なストーリーテリングが始まる,そんな光景が見える。

紹介:東京大学准教授 中島直人

(都市計画336号 2019年1月15日発行)

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