企画調査委員会

新刊探訪

ジェイン・ジェイコブズ 都市論集
:都市の計画・経済論とその思想

ジェイン・ジェイコブズ 著/宮﨑洋司 訳

鹿島出版会/2018年12月

 本書は,1935年から2006年までの間ジェイン・ジェイコブズが書き,話したものを時系列で編集することによって,思想家としてのジェイコブズの進化と深まりを追体験できるものとなっている。この中では,若きジェイコブズがみずみずしい観察を重ねた帰納的アプローチによる都市への視点から,都市経済のダイナミズムを捉えるための文明史的研究へと移っていくさまが目撃される。その生涯を通してジェイコブズが常に大切にしていたのは「自分の眼」である。地図上のデータのみで都市を動かし,補助金や「怒濤のお金」で都市の標準化をすすめるプランナーを批判しながら,なぜ路上の現実を観察するという簡単なこともできないのかという苛立ちが,彼女を『アメリカ大都市の死と生』の執筆へと向かわせた一連の思考プロセスは,本書において実に興味深い。その後は都市とは経済活力であるという視点から,産業創出と人的資本,そして都市のエコシステムの重要性へも関心が移っていった。
 本書によって改めて理解が深まったのはジェイコブズの関心が様々に移りゆくように見えながらも,ちりばめられた思考は彼女が大切にした考えの一つである「複雑系の中の秩序」を全体として創りだしていた点である。それらの理論は相互作用しながら秩序を読み取る道具となった。例えば,本書内でも統治者と商人の道徳律相反の理論と輸入置換による都市発展理論をまたがって思考し,軍需産業と都市経済発展の不適合を説明している。そして,もう一つ改めて気づかされるのは,ジェイコブズの思考の「早さ」と,我々の進化の「遅さ」である。例えば,補助金行政の問題,新規参入者へのビジネス障壁,時の経過に耐えうる都市のあり方など,60年代から断続的に彼女によって指摘されていたことは,現代にもそのまま当てはまる。なぜ,われわれは50年近くも経って同じ事に悩んでいるのだろうか?
 そうはいっても,この本をジェイコブズのように分野を横断し,常識を問う思想家になるためのマニュアルとして読んではいけない。『死と生』出版後に,雑貨店を開発の一角につくって免罪符とした開発業者に怒っていたように,ジェイコブズは表層的なマネをされることを最も嫌うであろう。本書はそのような浅はかなマネに陥らずに,それでいて偉
大な思想家に倣うための大切な一冊であるといえる。

紹介:埼玉大学人文社会科学研究科 内田奈芳美

(都市計画338号 2019年5月15日発行)

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