企画調査委員会

名著探訪

Hosts and Guests:The Anthropology of Tourism Second Edition

Valene L. Smith Editor

University of Pennsylvania Press/Philadelphia/1989年(初版1977年)

 本書は,1977年の初版『ホスト&ゲスト~ツーリズムの人類学的考察』の第二版として出版されたもので,今や世界の観光研究者たちのバイブルとなっている。ツーリズムの本質は,地域の文化を体現する「ホスト」と異境から訪れる「ゲスト」間の異文化交流であるということを様々な側面から説いている。第二版の価値は,掲載された世界各地11の事例研究のすべてが,初版から15年間の追跡調査の成果となっている点にある。
 当時の人類学者は,おもに近代化による地域の文化変容を研究してきたため,お構いなしにやって来て地域社会を蹂躙するツーリズムは,忌み嫌うべき存在であった。しかし,「ツーリズムは,ほとんどの社会において文化を変容させる主要因ではなく,低開発地域が近代化を図る上で導入した産業の最も合理的な選択肢に過ぎなかった」ということを,この11事例の調査によって証明した。ツーリズムこそ学者が目を逸らさずに研究対象とすべき現象であることを世に示したのである。
 この本が出版された頃,日本はまさにバブル景気の下,「リゾート法」を錦の御旗にゴルフ場,スキー場,マリーナなどの投機的,画一的観光開発に邁進していた。私はと言えば,竹富島に学生として単独乗り込み町並み保存の調査をし,集落景観の魅力とその保存の重要性を島の人々に訴えていた。しかし皆,目の前を通る観光客にどう金を落とさせ
るかに躍起で,若い学生の声などには耳を貸さない。ツーリズムを勉強して島の将来に警鐘を鳴らし,彼らを振り向かせることができなければ,町並み保存は耳学問に終わると痛感した。そうしたなか,本書14章エピローグの「近代のツーリズムは,人々が文化の境界を越えるという世界史の中で唯一最大の平和的行為である」という言葉に触れ,日本の研究者が未だ気づいていないツーリズム研究に取り組みたいと強く感じたのを憶えている。
 当時所属していた建築学科の研究室でこの本を翻訳出版することになり,人類学の専門用語も分からない門外漢が集まって悪戦苦闘した末,三村浩史監訳『観光・リゾート開発の人類学~ホスト&ゲスト論でみる地域文化の対応』(勁草書房 1991)の出版にこぎ着けた。人類学の専門家には納得いかない翻訳部分もあったと聞くが,あの時代にこの重要な書籍を世に問えたことを自負している。
 今読んでも新鮮で示唆に富むこの本は,昨年,本来の専門家たちによって『ホスト・アンド・ゲスト:観光人類学とはなにか』(市野澤潤平他訳 ミネルヴァ書房 2018)として再翻訳出版された。これから都市計画学会においてもますます観光研究が重要性を増してくる中,ぜひとも手にとってもらいたい一冊である。

紹介:北海道大学教授 西山徳明

(都市計画339号 2019年7月15日発行)

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