企画調査委員会
人のうごきと街のデザイン
彰国社/1980年
本書は,徒歩移動を前提とした公共空間のデザインについて論じたものである。私が本書に出会ったのは,学生時代の研究室において,環境心理学の参考書として,指導教員からの紹介によってであった。
本書の第一の特徴は,著者自身の観察調査研究の解析結果を踏まえた考察と提案が行われている点である。たとえば,「都心の空間環境は,通いなれた身体壮健なものが合理的に使いこなすだけの空間ではあり得ない」という問題意識が提示される。これを受けて,まず梅田地下街の認知地図調査から,わかりにくい地下街の問題点があぶり出される。続いて梅田界隈での地理に不慣れな人の行動調査から,地理に不慣れな人が見通しの良い地上を選ぶことが多いにもかかわらず,梅田界隈では地上で目的地を探すのが難しいことが論じられる。さらに,梅田ターミナル地区での目の不自由な人や老人の行動調査からは,壁際に押し出されている状況が指摘される。そしてこれらを踏まえた改善提案がなされる。本書は,エビデンスベースドメディスンならぬエビデンスベースドプランニングを内包しているのである。
ただし,計画論の妥当性だけに気を取られると,本書のもう一つの重要な特徴を見逃すことになる。それは,都市空間を見る「センス」である。たとえば,著者の所属する大学において,園地に歩行者通路を整備するために,まずクローバーの種をまいて立ち入り禁止を1年間続け,その後に立ち入り禁止を解いて踏み跡を通路とすることにした。ところがクローバーの生長に愛着を感じた大学の構成員は踏み込もうとせず,著者は通路を造るべきか迷う。しかし休日に学会が開かれて学外者による踏み跡ができると,構成員が通り始め,さらに新入生によって踏み跡が確かなものになり,通路はそれに沿って整備された。以上の記述からは,著者の都市空間に対する優れたセンスと,それを読者と共有する楽しさが感じられる。本書は都市空間に関する発想の泉であり,それを指導教員が「面白い」と表現したのではないかと思う。
最近,私は,ウォーカブルネイバーフッドを意識した徒歩移動抵抗の研究を行ったり,地方公共団体の会議で徒歩回遊性の向上を施策目標に据えることを提言したりしている。その立場から本書を見返してみて,その慧眼に心を打たれるとともに,徒歩に根ざした総合的な都市計画が未だ緒に就いたばかりであることを思い知らされるところである。
紹介:首都大学東京教授 吉川徹
(都市計画340号 2019年9月15日発行)