企画調査委員会
考現学(今和次郎集 第1巻)
ドメス出版/1971年
関東大震災のとき,しばらくぼんやりしていたが,東京の土の上にじっと立ってみると,「そこにみつめなければならない事がらの多いのを感じた」と今和次郎は語る。そこから考現学が始まった。考現学は,目に見えるいろいろな事象を客観的に記録し,分析的にみることにより,「今」を捉えようとする態度であり,「方法の学」である。
今和次郎集第1巻「考現学」には,主に「モデルノロジオ(考現学)」と「考現学採集」に収録されていた今の仕事がまとめられている。考現学の考え方を示す論考からは総体的観察と統計と比較といった科学的方法論を考現学が指向していることが,大正末期から昭和初期にかけて行われた調査の記録には当時の社会が近代化へ向かうダイナミズムが内在することがわかる。都市は日々の暮らしの場であり,そこでどのような人がどのように場所を使っているのか,その情景を記録し分析することにより,都市を生きられる場としてとらえている。
阪神淡路大震災から25年である。当時は現場でしか確認できなかった被災状況が,東日本大震災のときには航空写真の撮影分析技術の進展により,現場に行かなくてもかなりの確度で被災状況を確認できるようになった。阪神淡路大震災のときには,デジタルカメラも携帯電話もほとんど一般には普及していなかったが,今ではスマートフォンの普及率は60.9%(総務省「通信利用動向調査」)である。誰もが情報を簡単に記録し発信する社会となった。
それでもフィールドワークは必要である。そのことを考現学は教えてくれる。屋根のかたち,道行く歩行者,店の分布,何であれ,設定した対象を徹底的に客観的に観て記録し集め,そのデータの統計と類型化により全体を理解する。これは今も地域を理解し,次を構想するときの基本といえる。東日本大震災の復興における難しさは,被災地が広域にわたり,データを診る人はたくさんいたが,事象を観る人が少なかったことだろう。
「考現学総論」のなかで,今は,18世紀の生活は慣習が支配し,19世紀には慣習が伝統となり,流行が生活の型を主導するようになる。そして20世紀は伝統と流行が流れつつ,生活の合理化や理論化が現れ,社会生活の舞台が立体化しているという。混乱した20世紀は21世紀への過渡期と今は位置づけているが,21世紀に入り,新たな生活の型は見えてきただろうか。身体性に根ざしたフィールドワークから地域を観る目を養うことの重要性は変わらない。
紹介:神戸芸術工科大学教授 小浦久子
(都市計画343号 2020年3月15日発行)