企画調査委員会

名著探訪

人間のための街路

B・ルドフスキー著,平野敬一・岡野一宇訳

鹿島出版会/1973年

 当時,この本を何故手に取ったのかは今ではおぼろげであるが,タイトルである「人間のため」に惹かれたことは間違いない。時は1980年代後半で,我が国では,交通渋滞を解消すべく需要追随型の道路整備が進められていた。土木工学を学ぶ身にとって,また,自動車に憧れる一学生にとって,「自動車のため」の道路整備は我が国の発展には不可欠なものと捉えていた。そのような感覚の中,いささかの懐疑心を抱きながら本書を読み進めたに違いない。
 1973年(原著は1969年)に発刊された本書は,街路の多様な役割や機能を多くの史料や世界各国の事例で裏付けながら論説している。写真や絵画が多く掲載され,見るだけでも発見がある。全体的には,アンチテーゼたるアメリカの街路に対する批判となっているが,人間のための街路の価値に気づいて欲しいという著者のメッセージでもある。50年も前に著されたものであるが,現在の日本に対するメッセージとも受け取れ,複雑な気持ちになる。
 人間のための街路は,単に歩きやすいだけで良いわけではない。歩行者が優先されることは言うまでも無いが,日差しや雨を凌げるキャノピーや樹木が求められ,沿道の建物と一体となった空間を形成し,舗装面にも意識が払われ,楽しくそぞろ歩きができなければならない。周辺住民の規範や清潔感も必要である。使われ方にも観察眼が向けられる。街路の一部と化すカフェはもちろん,日常の佇まいからお祭りの場としての街路の意味を探る。子供達の人生観の形成に影響を与えるとも言う。
 足下に目を移せば,我が国の人間のための街路整備はいまだ緒に就いたばかりであろう。道路空間の利活用やストリートデザインなどが進められてはいるが,ニューヨークの取り組みからは大きく遅れてしまっている。20~30年は遅れていよう。だがこの本を読み返して,希望が芽生えた。本書で酷評されているニューヨークであるが,30~40年を経て,世界に賞賛される歩行空間を手にしている。未だ自動車のための街路から脱却できていない我が国ではあるが,今後の数十年で人間のための街路が実現するのではと思えるようになった。
 本書を読み返しながら,当時はできなかった新たな楽しみを発見した。本書では,イタリアを中心に世界中の街路が紹介されているのだが,インターネットを使えばその素晴らしさを垣間見ることができるのである。ネット空間に溢れる魅力的な街路写真の数々は,人間のための街路の実現へといざなう。次は,ニューヨークの街路を変えたJanette Sadik-KhanのStreet Fightを読みながら,50年前のルドフスキーと同じように,未来がやってくることを期待したい。

紹介:名城大学教授 松本幸正

(都市計画344号 2020年5月15日発行)

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