企画調査委員会

名著探訪

孤独なボウリング
:米国コミュニティの崩壊と再生

ロバート・D・パットナム 著、 柴内康文 訳

柏書房/2006年

 本書は,今や地域づくりやコミュニティ計画の分野で常識的概念であるソーシャル・キャピタル(社会関係資本)について論じたもので,原書は2000年刊行である。邦訳は2006年発行と比較的新しいが,原書から20年が経過し,さらに現在の都市計画関連諸分野での位置づけを考えると,名著と呼んでよいだろう。
 パットナムは,前著「哲学する民主主義」(原書1993年,邦訳2001年)において,イタリアでの州制導入による政治や政府の機能改善の進捗が北部と南部で異なることの原因が,社会的ネットワークおよび互酬性,信頼性の規範というソーシャル・キャピタル(SC)にあることを示した。本書はこの発展系として,アメリカのSCに関し,広大な学問分野にわたる文献調査,既存の様々な統計調査,独自の調査にもとづいてSCの減少傾向を把握し,その原因,それがもたらす社会的な変化,そして解決策を論じた大作である。
 紹介者が本書に出会ったのは,博士論文を終えて新たな分野を模索してしばらくの頃である。当時,地方とりわけ農山村での地域づくりにおいて,ハード整備に過度に頼らないソフト的方策を住民参加で進めることに関心があった。このような地域づくりのためには参加する住民やコミュニティの質(公共心や能力)がテーマになると考えていたが,具体的な研究アプローチについては浅学の身に余った。その時に触発されたのは岡田・杉万(土木学会論文集,No.562/IV-35,1997)による「コミュニティ計画学」の提唱であり,以降,他者との交流がコミュニティへの愛着・責任感を高め社会的参加が促進されることを手がかりとして,迷いながらも研究と実践を進めた。その後,ハード整備事業においても,事業後の地域づくりの社会的環境の醸成に留意するようになった。
 SCという言葉にはこの過程で出会い,導かれるように本書を入手した。SCの語はそれ以前にも様々な意味で用いられていたが,本書で明確に体系化された。本書の内容はあまりにも広範で,全貌を理解することは私の力量を超えていたが,SCの概念によって視界が開かれた記憶は鮮烈に残っている。
 本書でのSCについてはその後,定義や測定指標等について多くの批判もあったが,それでもSCが社会の諸現象を理解する重要な概念であることは疑いない。SC研究の原点を知る意味でも,そして研究者としての探求の姿勢に触れる意味でも,手にとっていただきたい一冊である。

紹介:九州工業大学教授 吉武哲信

(都市計画345号 2020年7月15日発行)

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