企画調査委員会

類書探訪

東京の地霊(ゲニウス・ロキ)

鈴木博之 著

文藝春秋社 1990/ちくま学芸文庫 2009

 本書は,建築史学者である著者が東京各所の土地の歴史を追うことを通じて東京という都市の歴史を描いたものである。
 本書で,「近代の東京の歴史は,そうした土地の歴史の集積として見らなければならなかったのではないか」という問いから始まる。そして,「ゲニウス・ロキ」の訳語として著者が選んだ「地霊」,すなわちある土地から引き出される霊感,土地に結び付いた連想性あるいは土地が持つ可能性といった概念に沿って13 の土地が取り上げられ,読み解きが行われている。その際著者は「地霊という言葉の中に含まれるのは,単なる土地の物理的な形状に由来する可能性だけではなく,その土地の持つ文化的・歴史的・社会的な背景と性格を読み解く要素もまた含まれている」「そうした全体的な視野を持つことが,地霊に対して目を開くということなのである」と述べている。
 元来,日本人の土地への執着は極めて強い。私的土地所有権が確立したのは明治以降だが,東京においても私人・私企業が土地を所有するようになり,さまざまな開発の主体ともなっていった。こうした土地と人とのかかわりの読み解きを通じて,東京という都市が多くの人間の生活の集積として成り立ってきたものであるということ,すなわち都市における時間軸の存在を,著者は鮮やかに切り出し,我々に示してくれている。
 著者は本書の後記において,東京を見る方法として「鳥瞰的に都市を見るのではなく,個別的に都市を見ること,ケース・ヒストリー的に都市を見ること」,都市を「『空間』的に把握するのではなく,『場所』的に把握」ということを挙げている。東京という都市をこのような視点から見ることは,取りも直さず東京の持つ奥深い魅力に触れるということにもつながっていく。
 本書の上梓は1990 年。昭和から平成へと時代が移り変わり,バブルとともに東京が大きな変容を遂げつつあった時代である。それから30 年たった今日,Society 5.0 に象徴されるデータ駆動型社会の到来を迎え,東京はふたたび大きく変わろうとしている。しかしながら,土地に紐づいた人々の営みはこれからも絶えることなく続いていく。そして,これからも人々の行為行動の積み重ねと錯綜が東京のまちに新たな個性と魅力を与えていくことに変わりはない。
 都市の歴史を考えるうえで,人間の行為の集積として都市を捉えることの重要性に改めて気付きを与えてくれる,自分にとっても貴重な一冊として紹介させていただく。

紹介:清水建設株式会社 山本師範

(都市計画349号 2021年3月15日発行)

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