企画調査委員会
建築探偵の冒険 東京篇
筑摩書房/1986 年
大学院博士課程を中退して都市計画研究室の助手になって1 年。丸善で衝動買いしたこの本を,今でもはっきり思い出す。藤森照信先生が,私が学部時代に在籍した東北大学工学部建築学科建築史・意匠研究室の大先輩であることを知っていたこともその理由の一つだったが,安野光雅さんの装丁・挿画というクレジットに背中を押され,そして,最初の章のタイトル「正しい建築探偵のやり方-今和次郎のフルコース」の虜にされてしまった。
早稲田大学出身の故佐々木義彦教授に計画論を教わった私にとって,今和次郎さん,そして佐々木先生との縁で特別講義をしに仙台まで来ていただいた吉阪隆正さんは,私たちにとっては神々しい名前だった(その影響はものすごく強く,バイトで貯めたお金を今和次郎集につぎ込み,研究室の校費で吉坂隆正集を揃えたのだった)。
まちを歩いて,気になるものをとことん調べて,そこからそこに存在したであろう物語を思い浮かべる。過去から未来につながる考現学の醍醐味,そして建築とそれに関わった人々をこの上もない愛情と共に軽妙なタッチで語り続けていくこの本のスタイルは,いつか自分が本を書く時に,こんな書き方ができたらどんなに幸せだろうと思わずにはいられなかった。
東北大学から弘前大学教育学部に異動したとき,この楽しさと奥深さを,建築のつぶやき,そしてぐだめき(津軽弁で,ぐちを言う)に耳を傾けることの興奮を誰に伝えたらいいのかちょっと迷った私だった。しかし私以上にまちから吸収する子どもたちとの機会が増え,それに負けずに,あらためて東北全体を歩き続ける喜びを覚えてしまった私にとって,この本は,バイブルというよりも,「へその緒」みたいなものだった。
青森県立美術館公開設計競技(審査委員長:伊東豊雄氏)の事務局を任せていただいたとき,三内丸山遺跡の隣に立地するこの建築の審査員に,藤森照信さんの顔がすぐに浮かんだ私だった。審査委員会が終わって青木純さんの作品が選ばれた後,藤森さんから「よくやりましたね」と言っていただいたとき,そのきっかけはこの本だったと言いたくなった。そして,考現学の祖,今和次郎の出生地である弘前市で仕事を続けてこられた偶然(いや,仙台からの異動は必然だった)に,心の底から感謝する私である。
紹介:弘前大学教授 北原啓司
(都市計画352号 2021年9月15日発行)