企画調査委員会

名著

満州国の首都計画:東京の現在と未来を問う

越沢明

日本経済評論社/1988年

 東大の場合,教養学部2 年生時に学科選択を行う「進振り」というしくみがある。私の場合,高校生の頃から社会に関心があったことに加え,大きなものを後世に残したいと漠然と思い,都市工学を選択した。しかし,いざ勉強してみると,科学性と都市づくりのダイナミズムを今一つ,感じ取れないもどかしさがあった。学部3 年生の頃だったか,たまたま目にしたのが,越沢明先生のアジア経済研究所の一連の論文であった。当時,建築学会図書館で複写し,入手した。当時の複写は,係の方に依頼する方式で,貧乏学生にとってはとても高額だった記憶がある。同じ頃,その主要部分が「満州国の首都計画」として出版されたことを後で知った。
 当時の歴史的背景を思い浮かべながらも,新都市創造への探究,世界に伍する感覚,国内では実現し得ない理想像を抱き,先進的な都市計画の理念を描いて果敢に邁進する都市計画技術者の息吹に感動を覚えた。もちろん植民地政策の一環であり,計画行為そのものの賛否については議論があるだろうが,国威発揚,経済開発,経済搾取だけではなく,近未来の都市づくりを志向し,庶民の暮らしも高度化しようとする側面は確実に含まれていた。そして,この壮大な実験は,戦後,日本の都市計画の近代化につながっていく。
 本書の中には,新進の若手都市計画家として高山英華先生も登場する。なお,私は,高山先生が戦争直後に一時所属した東京大学第二工学部に起源をもつ東京大学生産技術研究所にその後,所属することになる。
 時代の転換点となる天安門事件のちょうど1 年後の1990 年,院生になった私は,建築家の先生方の1 カ月の中国の旅にお供することになる。一連の論文で取り上げられた大連,長春,ハルビンを旅した。中でも本書が詳述す
る長春(満州国首都の新京)は圧巻であった。大公園と広場,街路樹を備えた緑豊かな広幅員街路で構成される軸線,それによる壮大なスケール感の放射直交の都市構造,随所に計画的に配置された満州式とも呼べる荘厳な公共建築による美観の形成,そこには当時描かれた理想像が見事に具現化されていた。1990 年といえば,まだ改革開放の初期であり,当時のGDP は現在の1/50 にも満たない。時間を超えて封印された戦前の都市空間がそこにはあった。本書の行間にある当時の都市計画技術者に思いを馳せた。同時に戦前に他国から与えられた都市をその後の為政者と庶民が引き継ぎ,その意味を変えて使いこなしてきた様も印象的であった。
 満州の都市計画は,都市計画の史実としての意義だけにとどまらない。そこからは現代に活きる何かを見い出すことができるであろう。プランニングとは何かを改めて思い巡らせるために,若かりしき頃の自分の素朴な心を思い返すことも兼ねて,数十年ぶりに改めて手に取りたい。

紹介:東京大学教授 加藤孝明

(都市計画353号 2021年11月15日発行)

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