企画調査委員会

名著探訪

都市と交通

岡並木

岩波書店/1981 年

 「都市と交通」(岩波新書,1981)の著者の岡並木先生(1926-2002)は,都市交通の事例調査や政策実践の面で,私が最も尊敬する恩師の一人である。コミュニティバスという言葉が日本に普及するきっかけとなった東京都武蔵野市のムーバスの導入に大きく関わった先生としても知られる。
 本書では,歩行者,移動困難者,バス,公共交通の情報提供,自転車,そして,都市のあり方について,当時の内外の現状,実際に現地視察された最新事例,統計データに基づく比較分析等が紹介されている。バリアフリー法が施行され,エレベータ等が主要駅に整備され,公共交通情報もスマートフォンで簡単に検索できる現代からすると,岡先生の説明や考察に古さを感じる部分もある。しかし,供給者論理の先行,技術開発の先行などに対して,具体的な例を示しながら警鐘を鳴らしており,今読み返しても唸らされる。さらに,運賃原価主義脱却と共通運賃制度導入のような課題,自転車の安全な走行空間確保の問題等についての論考を読み直すと,もしかして,我々は40 年間進歩せず,むしろ後退しているのでは,と思い悩む。
 本書では,歩行者に寄り添った視点が繰り返し指摘されている。これらは,近年注目されているウォーカブルな街づくりの議論に照らし合わせても,新鮮で色褪せることがない。さらに,5 章の最終節「都市を変える」は,都市の人口密度と交通手段の変遷,自動車の位置づけ,公共交通の限界,二項対立的発想からの脱却を含め,都市のあり方を学ぶにあたり多くのヒントを与えてくれる。いずれも都市を学ぶ現代の若手が読むべき視点である。
 岡先生の著作は本書以降も多く,遺作は「都市再生」(学芸出版社,2002(中村文彦も共著))である。が,本書以降の岡先生の見識を学べるのは,建築家Brian Richards の「transport in cities」の監訳本(木村知可子訳,岡並木監修「トランスポートインシティズ」(論創社,1993))に違いない。原著の事実誤認を岡先生が全て修正している1992 年時点での都市交通の海外の最新動向を包括した名著である。
 「都市と交通」については,今回,この執筆の機会を得て,数年ぶりに読み直した。なつかしさとともに,スマートシティ,モビリティ革命等という流行の中で我々が見失っているものがたくさんあるような感想をもった。

紹介:東京大学特任教授 中村文彦

(都市計画355号 2022年3月15日発行)

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